小さな編集長の雑感(限定版)

小さなメディアの編集長が、仕事や働き方の気づきを書き留めるブログ。8月限定版。

著名ビジネスパーソンの初回投稿がどんなものなのか、振り返る

俺たち、毎日ブログを書くぜ!の企画に賛同し、7月は早24日目。これまで中断期間を挟んで書いてきた記事数は、85本となり、桁がえが見えてきました。いやぁ、毎日1,000文字以上の記事を書くというのはそう簡単なものではないものの、よく続けられているものです。しかし、辛いと分かっていつつもこの企画に乗ったのには、理由があります。

それは、著名ビジネスパーソンといえど最初の文章はうまくなく、何事もやり続け、鍛錬することが大事、ということがわかっていたからです。ということで、今日は知人から紹介された著名ビジネスパーソンの初投稿を恐れ多くも紹介します。

■イシューから始めよ:Yahoo!Japanの安宅さんの初投稿(※初めましては除く)

d.hatena.ne.jp

神経科学(ニューロサイエンス)を熱く語る安宅さんのブログ。記念すべき最初のタイトルは「僕とニューロサイエンスとマーケティングの関係」。当時の安宅さんのいちばんの関心ごとは「なぜ、一人ひとりは違うのか」。同じ経験をしても人によって感じ方が違うわけで、その根っこにある「知覚」について、深掘りされている記事になります。

次の投稿が「色」ということもあり、初期の記事は脳神経科学の切り口からの疑問点を挙げてみて、自分の意見をそのまま書くという至ってシンプルなもの。記事というよりも気づきめもというか、日記に近い印象です。


■CtoCの代名詞「ココナラ」南さんの初投稿:

soullovers.at.webry.info

書評と決意表明をされている記事。ブログをはじめた理由を「知的生産の新しい流儀」を身につけるため、とのこと。

■「21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由」で有名な佐宗邦威(サソウクニタケ)さんの初投稿:

blog.livedoor.jp

ブランドマーケティングの話が初投稿。読者視点かというとそうではなく、自分の考えを整理するために書き留めているという印象の記事です。ブランドマーケティングから入り、次の投稿は「戦略的な会社とは、、、」。次は「マーケターという人種」による話。興味関心の強い所から始めるという王道としての初投稿でした。


ビジネスパーソンの人気ブログ「Books&Apps」安達 裕哉さんの投稿:

blog.tinect.jp

今でこそ「である」調で統一されていますが、初投稿当時は「です・ます」調からスタートしていることがわかります。いまのBooks&Appsの記事の論点整理から無駄のない話の運び方に比すると、ぎこちなさを感じる文面です。しかし、これが数年後は押しも押されぬNo.1のビジネスブログになるわけで、日々の鍛錬というものは決して裏切らないものだと感じることができます。



■(最後に)自分の初投稿:

chibiblog.hatenablog.com

著名ビジネスパーソンの初投稿を受けて、わたしの事例へ。何かこう肩肘をはらずといっておきながら、ガチガチな記事を一生懸命に書いているところに好感が持たれるかもしれません。

ということで、まとめ。


誰もが、最初は不器用である。
しかし、鍛錬によるクオリティアップは確実に成される。


何事も鍛錬、鍛錬ですね。

自然から学び、自然と生活していたひとがいま感じること

エッジが立つようにウソっぽいタイトルをつけました。内容は至ってシンプルで自然から都会に生活が変化したひとがいま、感じていることです。

では、そのひととは誰か、というと何を隠そう筆者です。

最近、まわりがキャンプを薦めることで家族でキャンプデビューしました。光もない真っ暗闇の中、火を囲んで時のたつのを忘れてひとと語り合う。そんなひとときが人間的であり、「デジタルデトックス」的でトレンドっぽいところもあり、自然の価値を再確認している自分に気づかされます。なぜ、こんな話をしているかというと、「人間的」というキーワードが頭の中に巡る機会が最近、多くあったからです。

■風呂は薪炊き、こたつは炭という家で育つ:
本当にそんな家があったのか?と言われそうですが、実はわたし、小学校までは風呂は薪風呂、こたつは炭こたつという田舎の家で育ちました。

薪風呂をご存知ない方はぜひググってみてください。文字通り電気ではなく、薪でお湯を炊くお風呂です。薪をボイラーに焼べて、お湯を温めて入っていました。だから、火起こしは日常のほんの一部で、毎日薪で火を起こしまくってました。

また冬場は定番の炭こたつ。薪風呂のボイラーでできた炭をこたつにもってきて、掘りごたつの掘りの中に置くと、半日ぽかぽかのこたつの完成です。猫がこたつの中から一酸化炭素中毒になりかけて、げほげほと咳き込みながら頭を出すことも日常のワンシーンでした。

こうして話をしてみると面倒な生活と聞こえがちですが、子どもだったこともあってか、習慣化していたこともあってか、何も苦になることはありませんでした。しかし、いま、その生活を振り返るとここが自分の原点だったし、ぽっかぽかのお風呂やこたつから自然の力を感じることがあったし、人間的だったという気がします。普段の電気で炊く風呂と薪風呂、電気こたつと炭こたつって圧倒的に後者が身体の芯まで暖まるんですよね。

■いまは、デジタルから自然の揺り戻しのターニングポイント?
ここでいうのはデジタルで世の中が便利になったといっても、実は感覚的に人間によいとされていたものとのトレードオフになっていて、利便性の価値と自然的な価値のバランスにおいて自然の価値への揺り戻しがきているのではないか、という話です。

先日とある著名マーケッターと話をしていたとき、日本人のルーツのお話をされていました。認知科学の領域で、日本人が慎重でリスクをとりにくいというのは、400年の歴史で培われた能力なんだそうです。いまの日本人を掘り下げると400年の歴史があるわけで、その人間的変化はそう大きく変化しないそうです。

であれば、自然が身近にあり、それに囲まれていた原体験は遺伝子レベルで日本人が持つものであり、デジタルという非人間的な生活の伸長が逆にその揺り戻しを起こしていることも自然な成り行きだと捉えることもできます。

自然から学ぶ人間的な価値の再発見——

そんな原体験にいまのひとを惹きつける魅力が隠されている気がしていて、改めてデジタルだけでなく、人間的な体験価値をどうカタチにするのか、という点にもサービス提供社として重きを置いてみたくなっています。

それが、なんとなく「人間的」というキーワードに集約されていてたびたび頭の中を駆け巡ります。

ここまで引き延ばしておいて何の落ちもない、自分のメモ用の投稿でごめんなさい!でも、ふと考えていたことをカタチにしたくなり、メモとして書き殴るように書き出してみました。今度、もっと深掘りして記事として配信したいと思います。

1週間で気になった記事を改めて洗い出してみる。そして、考える(2017/07/22)

定番の1週間で気になった記事を洗い出し、考えるシリーズ。今週はいろんなバラエティに富んだ記事をピックアップしていました。


1.

otoyon.com

記事内でもあるのですが、静岡の吉田町が夏休みの連休を減らすとあり、学生側がもう反発。それを起にオランダ在住のコンサルタントが書いた記事です。夏休みが長い、短いにしろ、いちばん大事なことは「暇(ひま)」だというお話。

<「親としての役目とは、子どもたちが社会の中で自分の居場所を見つけられるような準備をさせることです。『大人になる』ということは、『自分自身のスケジュールをコントロールして、幸せに感じられるような余暇の時間で埋め尽くせるようになる』、ということなのです」>
<「退屈は、真の創造性をもたらし得る『内在的な刺激』を発達させるのに不可欠なものである」>


親として子どもの為になるべくスケジュールを埋めてあげよう、夏休みに何をしようかとふと考えがち。だけど、子どもに余暇を与えて、退屈の中で創造性をもたらす内発的動機に向き合わせることも重要という話。ちなみに記事内で紹介されているようにSchoolの語源はラテン語のエコール「ひま」からなのだそう。学びと余暇は切っても切れない関係にあるようです。

<個人的な学び>
→子どもにとって、暇は悪ではない。
→暇は、創造の元となる内発的刺激となることを認識すべし
→大人もそうだけど、もやもやは自分と向き合う貴重な機会。その時間を大切にすべし。


2.

www.jimpei.net

これは、単純にわかりやすい構図だという話。商売の基本がわかる記事で、子どもでもわかる内容なので、ブックマークで保存しています。 ※特に学びというわけではなく、こ難しい話をわかりやすく説明する見本として、ピックアップしました。


3.

logmi.jp

知人が登壇したイベントのログです。個人的にもBooks&Appsのファンで定期購読しています。その上で、生っぽいブログの方が面白い、その理由は現場のリアルが盛り込まれたものがひとが興味をもつところだから。成功だけでなく、失敗や葛藤。そんなリアルが面白い。企業配信の記事はきれいにまとめすぎようと思って、角がとれて丸くなる。それでは、ひとの共感を生まない。

編集でやりがちなんですが、変に加工しすぎて、綺麗にしすぎる傾向があるので、このさじ加減は角のある記事を定期購読することで、感覚を養いたいなと思った次第。

(個人的な学び)
→カッコつけているところに本質はない。
→人が知りたいことはやっぱりリアル。成功、失敗、悩みなど。
→感情が立った「意志のある記事」こそが読者の求めていること。つまり「リアル」

4.

diamond.jp

日本のMBO(目標管理制度)が機能しない理由を、歴史的背景から解説した記事。HR業界では知らないひとはいないという権威、守島先生の解説です。意外なことは、元々MBO(目標管理制度)は、評価のツールではなかったというもの。本来は、会社の方向性と自身のキャリアを刷りあわせ、双方合意の上での目標達成を目指すこと。そして、その達成度を評価することで、成果を高めていく仕組み。なので、前提として上司と部下のコミュニケーションが土台としてあるべきだったところ、その理解がないままに成果主義とセットに日本で導入されてしまったため、目標管理=ノルマ管理と成ってしまったとのこと。形式的なMBOではなく、人をモチベートして、育成する視点を持つキッカケにもなる記事。まだ前編のみの公開ですが、後半が今から楽しみです。


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残りは余談でひとつ記事を紹介します。

headlines.yahoo.co.jp

追加ですが、この記事も面白かったです。ユニークな点は、星野さんは面接をしないそうです。理由は、星野さんいわく、「ひとを判断できないから」だそう。できないことは全面的にひとに任せる。星野リゾートはあくまで現場で。AIを活用する企業はAIで。今後は面接の在り方も変わりそうです。余談の余談でいえば、例えば、採用にAIを活用しているセプテーニ社は実際に役員面接までの分析で90%以上の確率で合否の可能性を判断できるため、役員面接を廃止した、という話もあります。より採用も合理化していく方向にありそうです。

(個人的な学び)
→自分の役割、強みを活かすということは弱みを任せること
→星野さんほどの経営者が現場に採用する権利を委ねていること。その役割は本当に自分が担った方が会社全体の利なのかは、改めて考える必要性がある。

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ということで、気になった記事の中からいくつかピックアップ。好評なので、今後も継続していきたいと思います。ではでは。

モチベーションを高める、企画の生み出し方

メディアを運営していて、もっとも大事なプロセスに「編集会議」があります。それぞれの編集者がテーマに沿って企画を持ち寄り、何を進め、何をやめるのか。編集者にとってまさに自身の仕事の生き死ににつながる戦いの場でもあったりします。

ありがたいことに最近、いろんなメディアの編集会議に参加させていただいたり、某有名な編集長とお話をしている際に「編集会議」の進め方によって、メディアの色の違いが出ることに気づきを得てきたので、今日は中でも自分が「この視点は大事にしたい」と思えた編集会議のお話をしたいと思います。

イデアが拡張しない「編集会議」の特徴:
先にこれはいまいちだな、と思う編集会議からお伝えすると、各々の企画持ち込み者が、自身の企画を全力に通そうとする編集会議です。Aさんは、Aの企画が最高だという。Bさんは、Bの企画が最高だという。Cさんは、Cの企画が最高だという。だから、Aさんの企画に対して、他者は粗を探しに入る。それは考慮されていない部分を洗い出す、という行為よりも企画の減点ポイントを探る。いつの間にか、Aさんの起案は丸みを帯び、仮に起案が通ったとしても大して面白くもなく、読者にも刺さらない企画となる。多かれ少なかれ、だいたいこんなストーリーがあります。チーム内で、対立軸が生まれてしまうケースです。

イデアが拡張する「編集会議」の特徴:
では、編集者がモチベーションを高める企画はどのように生み出されるのか。最初は、それぞれの持ち込み企画であることは前者と同様です。しかし、編集会議の内容が異なります。

それは、その企画がもっと面白くなるために様々なアイデアを積み重ねていくというもの。口癖のようにいう言葉があります。

「いいですねぇ」
「あと、何かもうひとひねり、ないですか?」

企画がいい!と言われて、悪い気になる編集者はいません。さらにひとひねりする。参加する人たちがまたそのアイデアを拡張する意見をいう。「こんな観点から、○○というのはどうだろうか?」とか。

Aさんの企画、Bさんの企画、Cさんの企画は、いつの間にかそれぞれの企画が軸となり、D案、E案、F案などに生まれ変わっていく。実はここに圧倒的ユニークな企画が眠っています。

さて、ここからが本題です。

なぜ、このような企画手法が優れているのか。圧倒的に違うのは、編集者のモチベーションです。Aさんの企画が通った場合、Aさんの企画をカタチにすることになったBさん、Cさんのモチベーションがあがりません。一方で、後者の場合、D案といったみなの議論で生まれた企画に大しては、みなが「自分が起案した」「自分の企画だ」と思っているところがあります。企画が自分ごと化します。

クリエイティブな仕事にとって、モチベーションはアウトプットに大きく影響を与えます。だからこそ、編集者のモチベーションをどうサポートするのか、というのは編集をリードする人間の大切な役割であり、スキルです。

これ、某有名な編集長の方からいただいたお話で、アイデアの拡張を意識しながら物事を進めるとチーム全体のクリエイティブを遺憾なく発揮できるということで自分も意識している手法です。興味がある方はぜひ、お試しあれ。

とはいえ、簡単にこうした編集会議の文化をつくることもできないですし、また編集長が独自の判断しなければならないこともあるので、そのことはまた別途カタチにしたいと思います。

ではでは。


毎日ブログを書くための「ねた」をどう生み出すのか、という質問に答えてみる

昨日、社内の後輩からこんな質問をもらいました。

「毎日、ブログを見ているのですけど、そのねた元はどこにあるのですか?」

毎日ブログを書いているひとの大きな悩みはおそらく「ねたが尽きる」ということだと思います。日記とは異なり、テーマが絞られたものであれば、なおさら「ねた」をどう絞り出していくのか、ということに苦心すると思います。

今日は、いただいた質問の回答をもとに記事を書いてみます。

■ねた元は、日々のメモ
先に質問の答えからいうと、わたしの記事のねた元は日々の気づきのめもです。しかし、ほかの方と違うのがあらゆる気づきをめもにしてめも帳にまとめていきます。ちなみにどんな感じかというとこんな感じ。

はっきり言って、「めも魔」です。

 

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ひとに会ったとき
取材をしたとき
セミナーに参加したとき
本を読んだとき
資料を読み込んだとき
電車でぼーっとしていて何か思いついたとき

こんな感じであらゆる場面で、めもします。

あとよくあるのは、飲み会の内容をめもすること。自分といっしょに会食に行った方はご存知かもしれませんが、テーブルにメモ帳を置いて、のみ会の気づきをすぐにカタチに落とすことをしています。飲み会っていい話を聞いた、と思っていても、1日立てば何の話をしたのか、だいたい覚えていないですからね。だからこそ、気づいたら、めも。ただし、場の雰囲気を壊すことは避けるので、すべての場ではありません。

あとデジタルではなく、アナログに書くことにこだわることにも理由があって、

1.気づきの感情を文字の強弱で表現することができる
2.図をサッと書き起こすことができる

アナログのデメリットは「検索性に乏しい」ということがありますが、自分はメリット重視でアナログのめもを活用しています。そんな風にして、時々の気づきをサッとめも帳にまとめることを約6年間、続けています。さすがにこれだけの気づきのめもがあるとねたが尽きるということはありません。

ただ、記事にする上で、気づきはただの気づきです。直感です。そこに深い思考はありません。なので、その気づきを切り口に記事の構成を考え、情報を収集し、まとめるサイクルをまわしているのが、いまです。


■ログをとることを習慣化しているひと、しないひと
個人的にめもをとって、その気づきを深掘りし、自分ごと化していくと視野が広がりますし、アンテナが立つので、日々の気づきがもっと増えていきます。ちょっとした会話のやりとりからでも、役立ちそうなエッセンスを抽出することができるようになります。

改めて、後輩から質問を受けて振り返ると、なぜこうなったかというとわたしがこのひとはすごい!という方は必ず「ログを残す」ことをしているから。そして、気づきを気づきだけに留まらせず、「日々の振り返り、半年の振り返り、年の振り返り」をしっかりと行っています。中でも自分がいちばんびっくりしたのは、日々の集中時間のログをすべてとっていた方。朝方は集中できる、昼の終わりは集中が落ちるので、むりくり仕事ができるよう強制的に話をする「会議を増やす」など、日々の生産性を少しでもあげるPDCAを回していました。ここがわたしがめも魔になった背景になります。それが、いまではブログに活かされているという感じです。

日々のログは、振り返りの基になります。そして、ちょっとした気づきの積み重ねが大きな差になります。自分の力を1とした時、ほんの1%の努力(0.01)を毎日やり続けると、1年では365乗となり37.8倍になるという「1.01の法則」が有名だと思いますが、まさにそれだなと思っています。

ということで、ブログのねた元は何か。
そして、そのねたからどのように記事になっているのか、を紹介しました。


何でも面白そうに聞けるひとと取捨選択するひと

何でも面白そうに聞けるひとがいる。
そういうひとには、もっと話をしたいから、ひとが集まる。情報が集まる。

こう聞くと、メリットも多いだろうし、何でも面白そうに聞けばいい、と思うかもしれないが、何でも面白そうに聞けるというのは、誰にでもできることではない。

聞くひとには、大きくわけて2通りあるように思う。

ひとつは上段にもあげた「何でも面白そうに聞けるひと」。
もうひとつは、「面白い、つまらないを取捨選択するひと」。
その話は、自分に役立つことなのか。ワクワクする面白いことなのか。こうした姿勢は自然と表情であったり、態度に出る。大抵のひとは、この後者に当たるのではないだろうか。

しかし、後者は話し手の防衛反応を呼び起こす。このひとに話をしても受け入れられないんじゃないか。このひとに相談しても興味をもってもらいないんじゃないか。まわりの意識は伝播して、結局そのひとには「自分の興味関心があるひとや情報」しか集まらなくなる。最終的には、似た者同士の集まりになってしまうのではないか。

しかし、何でも面白そう!!って思えるひとは、話し手がもっと話をしたい、伝えたいという気持ちが高まる。ひととひとの引き合わせも増え、自分自身の興味や関心がさらに広がる。機会は無限に広がっていく。

だから、本気で面白い!って聞けるひとには、ひとが集まる。情報も集まる。

誰しも経験があるかもしれないけど、人の出会い、仕事の機会はひと伝いでやってくる。だからこそ、長い仕事人生を考えると、目の前の話にどれだけ向き合えるのか。目の前の話に興味を持ち、何でも面白いものがあるという好奇心をもって向き合えるのか。そんな姿勢が仕事人生を大きく左右させるんじゃないか、とふと思ったのでした。

今日はそんな自分の気づきめもです。

わからないことについて、ふと考える

変化の激しい時代、ビジネスモデルもスキルもすぐに陳腐化してしまいます。であれば、既存のやり方に捕われず、常に新しい価値を生み出しつづけなければならないことは自明の理です。では、こうした新しい価値を生み出し続けるためにどんな観点が大事になるのか、とふと考えてみました。

■わからないを前提に物事を進められるのか:
創造的な仕事をしている方にお話を聞いていると、3つ共通項があることに気づきます。

ひとつ目は、「わからないことを前提に仕事を進めていること」。自分の知識には限界があることを認知し、世界は自身が考えているよりもずっと広いことを理解し、外の世界に好奇心を持ち続けています。

二つめは、「わからないことは、身近なひとに教えを請うこと」。わからないことをわからないままにしない。好奇心の赴くままに「これってどういうことか?」と自身の周りで知識を保有しているところに聞きにいく。そのための労力を厭いません。

三つ目は、「得た知識を自分ごとに置き換えている」ということ。知識を得るだけで満足せず、その知識を用いて何かできないかを考えています。

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こうして特徴を挙げてみると、なんだか当たり前のように見えます。

しかし、組織の中にどっぷり浸っているほど、この観点を持つことが難しくなります。なぜ、そうなるのでしょうか。ポイントは、高度経済成長にあった日本の成功モデルは、自社のやり方の習熟度を早期に高めることに重きを置くものだったからです。年功序列制度など、社の先輩ができることを早く自分のものにすることが会社の中で価値を高め、出世する近道といえます。言葉を変えると、創造よりも習熟に価値があり、それ意外には目を向けないことが是とされているわけで、その慣習が残る組織では、上記に挙げたことが必ずしもよいアクションではないとされるかもしれません。

しかし、これからはゲームが変わります。

習熟度より新しいことを生み出すことに価値の軸が移る中で、習熟度が必ずしも価値を生み出さない時代になりました。習熟度の目安となる「就業年数」も指標にはなりえません。一方で、創造力に価値が移るのであれば、分からないことをどう捉まえるのか、というのが大きなキャリアの分岐点になりうるのではないでしょうか。

差を生むのは、スタートの分岐点。

わからないことを受け入れ、好奇心をもって学びつづけるのか。
わからないことを恥と捉え、わからないことを避けて通り続けるのか。


最後にとある経営者の方から、この視点を持ち続けるためのポイントを伺ったことがあるので、それは後日ブログに書いてみようと思います。

ではでは。

学びが、本当に学びになったのか、を振り返ってみた

記事を読んだり、セミナーに参加したり。そんな中でよくSNSで見受けられるのが、「学びになった」「勉強した」という話です。しかし、これは本当に自身の血肉となり、技術の向上やマインドセットに通じていたのか。

とかく、わたしもこのブログを書き続けて「学びになったから、こうする、あーする」と言っておきながら、実際にどうなっているのか、振り返りができていなかったので、過去の記事を洗い直して、この3連休の機会に振り返ってみることにしました。

==【過去の自分の学びと振り返り】

1.集中の学び

chibiblog.hatenablog.com

ブログを書くのに時間がかかっていたので、集中の仕組みを学び、取り入れたという記事。簡単にいうと、目的とゴールをはっきりさせる。そして、締め切り効果を使って、強いストレスをかける。次にリラックス。目標をイメージして目の前の仕事二取りかかる、というもの。

とくに工夫したのは、1.ゴールイメージを明確化したこと。2.強いストレスをかけるというもの。1.はブログで書きたい概要とメッセージを先にイメージする。当日の夜にタイトルと概要文100Wぐらいを先に書いて寝る。こうすることで、朝方には明確にゴールをイメージしつつ、作業に入ることができる。2.は朝方にすることで、子どもの送り対応など、絶対に不可逆な締め切りをつくり、ストレスをかける。だいたい5時台に起きるので、だいたい30分〜1時間で1記事を書き切ることができるようになりました。夜にダラダラやっていたときはねた探しも含めて2時間かかっていたこともあったので、効果は絶大。

ただ憂慮すべきことは、締め切り効果を使い集中することは「集中する」という意味では効果的ですが、プロジェクトマネジメントの観点でいえば、逆効果。締め切り間際にフルパワーになるのではなく、スタートからフルパワーとして、締め切りまでの成果を最大化した方がよいです。結局は集中するスキルを身につけ、その都度の自分のゴールに合わせて活用すべき、ということでしょうか。

ということで、この学びは日々の日常に活かされています。


2.

chibiblog.hatenablog.com

「なぜ」「どうして」という問いの使い方は難しいという話。一般的に「なぜ、こうしたの?」と問いを立てることが大事、という話がありますが、状況や信頼関係によって、単なる「詰め」になりがち。実は使い方が難しい言葉のひとつです。

では、これをより有効的に使う為にはどうすれば、いいのか。

それは枕詞に、承認を加えること。「いつもはできているのに、今日はなぜ、できないのかな」。一例ですが、承認を加えることで、聞く耳を持ってもらう状況をつくる。そして、問いを立てる。基本ですが、とくに子ども相手だとつい感情的になりがち。

では、これができているのか、というと、ここはまだまだ。日々のメンバーとのコミュニケーションでも気をつけたいところ。しかし、気にかけながら、まわりの会話を観察していると、この問いを活用する上での関係づくりを考えず、杓子定規的に「問いを立てる」だけ、という状況をよく見るので、ここは自分も人の振り見て我が振り直せで改善したいと思います。

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ということで、「学んだ」と言って、放置していることが多々あるので、改めて振り返り、その日の学びにしたいと思います。習慣化には、22日とか66日とかいうので、まずは定期的な振り返りを。






正解は、いつも正解とは限らないという話

わたしは、ドキュメントや人の仕事の話が大好きです。古くでいうと、NHKで放映されている「プロフェッショナル 仕事の流儀」は録画やDVDで繰り返し見ていました。ほんとうに飽きないのか、と思えるぐらい何度も何度も見る。時々の状況、感情、悩みによって、引っかかるメッセージが違うし、勇気づけられたし。繰り返しみることで、様々な気づきを与えてくれました。

さて前置きが長くなりましたが、今日紹介するのは最近、繰り返し見ている動画の話です。それがこちらです。

www.nhk.or.jp


「奇跡のレッスン」という番組です。

フットサル日本代表アジアカップ2連覇に導くなど、世界を舞台に活躍するカリスマ監督・ミゲル・ロドリゴさんが、東京・文京区の強くも弱くもない、ふつうの小学生のサッカーチームを1週間指導するという内容です。結論からいうと、たった1週間で子どもたちの表情が見違えるほど変化し、イキイキとプレーしだすんです。番組なので、一定の編集がかかっていると想像するものの、その表情には偽りはないんだろうなぁと感じます。

この番組で、ミゲルさんが指摘していることがあります。

「子どもたちが、考えていない」
「ミスをしてもいい。でも、そこから学ぼう」

なぜ、この練習をやるのか、を考えていない子どもたち。コーチが考えた練習メニューをこなすだけに留まり、機械的になぞらえて動くだけ。相手のプレッシャーもないメニューが続くので試合になるとメンタルが弱く、相手のプレッシャーによって自分のプレーができなくなるという欠点が浮き彫りにされます。

また、「ゴール近くでは、真ん中にボールを出すな」「安全第一」とコーチが繰り返し指導します。一方で、ミゲルさんが言います。「スペインでは逆なんだよね。中央からつなげって言うんだ。リスクを避けたい気持ちはわかります。しかし、リスクのないところから学べるものはないのです」。

ミゲルさんがいう日本でよく行われている上記の練習方法。しかし、正しいとされているこの練習方法が決して正しいとは限らない。大事なことは、子どもたちが自分で考え、チャレンジすること。そして、学ぶこと。そのための心を鍛えるというのがテーマとなります。

最初のレッスンでいうミゲルさんのメッセージ:

「早く考えること」
「心と身体を同時に温めるトレーニングをしよう」

テーマは、「楽しみながら、頭を鍛える」

子どもたちの頭を刺激する練習メニュー。頭を鍛えることが目的だから、慣れるとすぐにメニューを変えます。子供たちが言います。難しい。今までにない感覚。周りを見ないといけないし、たくさん考えないといけない。

そして、1時間30分の練習後にこう子どもたちに伝えます。

大事なことは、「早く考えること」
「2秒先に未来が見えるマシンをつくろう」

====

ここから、毎日の練習メニューと意図が紹介され、さらに子どもたちの家族とのコミュニケーションにもフォーカスされていき、子どもだけでなく、親も変わるストーリーが描かれています。もう学びがたくさんありすぎるこの動画ですが、個人的にミゲルさんのこの言葉がいまは印象に残っています。

「ある選手のことを思い出します。チャンスでシュートを打ったら、パスだろー!ってコーチに怒られ、次にパスをするとシュートだろーって怒られた。その子は自分から積極的なプレーをしなくなりました。大人の責任は大きい。まずは子どもの判断を尊重し、失敗を見つけても後で指摘すればいいのです」。

ーー子どもの判断を尊重する
ーーミスはあとから指摘して、学びとすればいい

自分が正しいという考えが、子どもの積極性や好奇心を削ぐことにつながっていないだろうか。そしてその判断は、ミゲルさんが掲げた課題とテーマのようにきちんと根底にあるテーマに紐づいたものであるのか。単なる感情の指摘になっていないか。そんな風に考えさせられます。

自分の正解が、常に正解とは限らない。
まずは、子どもの想いを伸ばす。

あ〜、これ。
まったく社会人でも同様のことが言えるよな、と。
子どもの教育だけでなく、マネジメントもまったくいっしょだな、と。

この動画、まだまだ深掘りして言えることが多々あるので、今度、機会をつくってブログにまとめてみようと思います。

ではでは。


1週間で気になった記事を改めて洗い出してみる。そして、考える(2017/07/15)

定番になりつつある、1週間で気になった記事を洗い出し、そして、考えるシリーズ。Facebookなどで保存した気になる記事を振り返ります。しかし、振り返ると記事だけでなく、個人のFacebook投稿も一つひとつ保存している自分。より良い情報というのは、必ずしも記事化されるものではない、というそもそもの気づきもあります。

1.

izoomi-momo.jugem.jp

この一週間でもっとも学びを得た記事がコチラ。内容は、デッサンスクールに言った著者が12時間のデッサンによって得た気づき。

(個人的な学び)
→短期に成果やゴールを目指すことがよしとされる世の中だからこそ、じっくり見つめ直す時間が大事
→自分が正しいと思っていることは本当に正しいのか。じっくり考え、違いを把握し続けるとまったく異なる全体像が見えてくる
→教えてもらうのは、簡単。しかし、時間をかけて自分で気づき、学びを得ることは本当の自分の力になる。

当たり前の話が多いんですけど、目の前の仕事を早く「こなす」コトに慣れすぎると、当たり前を見失うという話。自戒も込めて。

2.

togetter.com

記事ではないですが、togetterによる、とある先生の指導法のまとめ。子どもからも親からも不評だった先生の指導法を受けた生徒たちが実は数年後、花開くという話。具体的には、毎日10分のミニテストを実施。その定期テストに向けて学生自らに計画を立てさせ、実行させていたといいます。

こう聞くとどこにでもありそうな話ですが、この「計画を実行する」というこだわりが強かったんだとか。一人ひとり異なる実行計画をチェックし、その行動に個別フィードバックを実施。また先生と生徒、という1対1の関係にせず、その行動計画と実行を親もフォローするよう後押しした。

例えば、「教科書を5ページ読む」とすれば、親の前で5ページ読み、計画表に印を押す。最初の確認を親に任せ、親がどう確認したかも含めて先生がチェックし、助言する。当初はその先生の指導法を親も子どもも目ざとく感じていたものの、振り返るとその先生の指導法によって、「学びを力にかえる子ども」だけでなく「学ぶことを習慣化する家庭」をたくさん生み出すことになった、という話です。

(個人的な学び)
→計画は誰でも立てることができる。どう実行するか、が大事
→実行する上で、まわりの環境からプレッシャーをもらう環境づくりが大事。
  ∟まわりがやれやれ、では誰も動かない。仕組みを考えるべし。
→学習の成果は、1日、2日では表れない。だからこそ、続けられる者、続けられない者の差は激しく大きなものになる。今後の世界はもっとわからないことだらけの世の中に変わる中、この学習能力の差はキャリア人生に大きな影響を及ぼすはず。


3.

www.mother-house.jp

自分が大好きなブランドのひとつ、マザーハウスさんの採用ページについて。事業拡大で採用に力を入れるマザーハウスさん。実は、マザーハウスさんの中途採用ページには、代表の山口絵里子さんの言葉がありません。珍しいですよね。ブログを読むと単に「人事は現場に任せてあるから。100%信用しているから」とありますが、まわりにその必要性を促されて、代表メッセージを書いたという話。結論をいうと、結局はページに掲載されることがなかったボツ原稿なのですけど、その自然体で、心の底から紡ぎだされた言葉は、変に厚化粧した採用メッセージよりもずっと求職者の琴線に触れるのではないだろうか、と思うんです。似たような求人が溢れるいまだからこそ、こうしたメッセージを表にだせる求人がもっと増えたらいいなぁ。

(個人的な学び)
ハートのある代表や社員のメッセージは、それだけで共感を生み、未来の仲間を惹きつける魅力がある。似たような求人が世の中に溢れる中、こうした企業の素を感じさせるメッセージはそれだけで差別化になる。

一方で感じるのは、世の中の求人広告制作者たちの価値。社内のひとが書けばこれだけ魅力的なメッセージが発信される。では、外部のひとがわざわざ書く理由はどこにあるのか。ターゲット選定し、そのインサイトに向けて自社のより良いポイントを整理し、コピーに落とす。そして伝えるという一般的なやり方もいいけど、こうして想いをどう引き出し、どう表現するのか、という在り方の追求ももっとあっていいと思う。それは、たった1日の取材で体現できるものではなく、長い間、企業のひとと付き合、信頼関係があるからこそできるコピーワークもあるんじゃないかな、とふと思ったのでめも。

もともと自分も求人広告ライターをしていたこともあり、「会社のひとに愛される求人広告制作者」がもっと誕生したら嬉しいな、と思って、期待の意も込めてこの記事をあげてみました。

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ほか、VALUの記事を中心にICO関連の記事を読みあさったりした1週間。ほかにもとある経営者の投稿に引っかかるものがありました。内容は「日本人は、ネットワークにお金をかけない」という話。海外のカンファレンスは、参加費5-10万円が当たり前。また開催側の話だと、著名ビジネスパーソンの招聘には、1時間講演400万円かかるという。収支の観点から、著名なカンファレンスが日本はやってこない。世界のキーマンとのネットワークができず、乗り残される日本を危惧する投稿でした。

ということで、今日はここまで。
タイトルが気になった「記事」をまとめるという話ですが、全体を通すと記事5割。facebookの個人の投稿が3割。あとはTogetterや資料データなどのめもが2割という配分で実は記事ばかりをめもしているわけではないので、記事タイトルは今後改めるかもしれません。

ではでは。