小さな編集長の雑感(限定版)

小さなメディアの編集長が、仕事や働き方の気づきを書き留めるブログ。8月限定版。

ひとの可能性を閉ざす思考停止ワードとその対処法について

「難しい」

とかく、社会人になると「○○するのが、難しい」という言葉を耳にするようになる。実際に実行した上で話をするのであればまだマシだけど、実行したこともない中で、勝手に「難しい、できない」と決めつけてしまうこともある。

子どもは大人が勝手に「難しい、できない」と思っていることができてしまうことが多々ある。最近、自分の3歳の息子は「ブリッジ」ができるようになってしまった。頭もきっちりと上げることができる。いまでは、20秒自分の体を支えられるようになった。最近は鉄棒をみては「逆上がり」の練習をしている。親の勝手なイメージで、3歳の息子には「難しい」と思っていたことを恥ずかしいなと思った一件である。

先日、長期休みに実家に帰った際に「子どもの教育」について、母親と話をした機会があった。ストレートな質問だったけど、こんな質問をした。

「子どもの教育について、後悔していることがある?」

実の子どもからの質問としてはかなりエグイ質問だったが、母親はこう答えた。

「子どもの限界を勝手につくったこと。2,3の習い事でいっぱいいっぱいだろう、と思っていたが、子どもはあれよあれよと親の想像を超えて、学び、成長する」

そんな言葉を受けていま、自分の息子について、考える。先日、ひとの可能性を閉ざす「言い訳」の効果について考えを記載したが、この「難しい」という言葉も枠をはめてしまう、思考停止ワードだな、と改めて思う。

話をふだんの職場に戻してみよう。

メンバーの相談について安易に「それは、難しいなぁ」なんて言葉をかけていないか。それは、先にいうようにメンバーの可能性に枠をつくることになる。では、どうすれば枠組みをつくらず、可能性を引き出していけるのか。

過去に多くの天才技術者を育成した方は、こんな話をしていた。

「実現が一見難しそうなアイデアも「彼らは天才なんじゃないか」と思って、「こんなことできる?」と言ってみる。そうしたら意外とできてしまうことがあって、そのときはとにかく嬉しい」と。

また某著名なコンサルタントの方からは、こんな話を聞いた。

「部下を育成に大事なことは、部下が日々見せる「最大の長所」や「いつでも取り組む特性」に着目すること。そして、「もしもこの人の才能が極限まで伸びたら、どんなタイプの偉人になるだろう」とイメージしていくと、その人が大いに成長した姿を考えることができる」

共通しているのは、「日々の事柄から、そのひとの才能の可能性の極限をイメージし、接すること」だ。ひとの想像力がコミュニケーションの質につながり、ひとの成長を後押しする。

たしかに「彼は、天才」とイメージできていれば、そうそう「難しい」なんて言葉は出てこないよな、、、と思ったり。

この思い込みを大切に、仕事をします。