小さな編集長の雑感(限定版)

小さなメディアの編集長が、仕事や働き方の気づきを書き留めるブログ。8月限定版。

フィードバックは、待つのではなく、もらいにいけ

今日、会社の後輩から相談を受けた。内容は、自身の起案がなかなか通らずにいることへの相談だった。

彼をみていて、思うことがあった。
それは、フィードバックを積極的に受けにいかないということだ。

若手の社員に多いことだけど、新しいことをやろう、起案しようと思っても、なかなか上のGOがでないという。しかし、その起案がどれだけ叩かれて、叩かれてシャープになったものなのかは、疑問だ。

とある著名コンサルタントの方は、こんなコメントをしていた。内容は新規事業についてだ。

新規事業において社内の説明が通らない、通らない、上の連中は新しいことをわかっていないという相談をよく受けます。しかし、実際は違うんです。単に本人がそこまで“これは面白いから絶対にやろう”と思っていないだけなんです。

 

上もよほどのことがない限り、バカではない。彼に託すのか、託さないのか、その本気度を測っているともいえる。自分の目からみても、彼の起案は心底、形にしたいものだったのかは疑問だ。

とかく、日本人の場合は積極的にフィードバックを受けに行かない傾向がある。とある知人の息子は、太鼓の部に所属していたが、どうしても先生に太鼓を叩かせてもらえなかったそうだ。彼は、太鼓の部の先生にこういった。

「なぜ、太鼓を叩かせてもらえないのかを教えてほしい」
「どうすれば、叩かせてくれるのかを教えてほしい」

先生は真摯に答えた。それをきっかけに彼は自身を改善し、太鼓を叩く役に抜擢された。今回、相談してきた彼も同様のことがいえる。

「なぜ、自分の起案が通らないのか、教えてほしい」
「どうすれば、起案を通してくれるのか教えてほしい」

フィードバックを受け続けることは、熱意を削がれることにもつながる。
上長の意見となれば、いつの間にかその意見がとおり、自身の起案ではなく、
上長の起案にねじ曲がっていくことも多々ある。

しかし、それでねじ曲がっているようならば、結局はその程度の起案だったという話。
それを彼はまだ分かっていない。

フィードバックにおいて、大切にしている考えがある。

「その道のもっともすぐれた人に、フィードバックを求める」ということだ。

営業ならば、社内でもっともすぐれた営業からフィードバックを求める。
企画ならば、社内でもっともすぐれた企画者からフィードバックを求める。
ときにそれは社内の枠を飛び越えて、社外でもっともすぐれた方でもいい。

すぐれたフィードバックは、シャープな起案の近道だ。
彼にも同様のことを伝えた。彼はどう変わっていくのだろう。
今後の行動に注目したい。