小さな編集長の雑感(限定版)

小さなメディアの編集長が、仕事や働き方の気づきを書き留めるブログ。8月限定版。

自然から学び、自然と生活していたひとがいま感じること

エッジが立つようにウソっぽいタイトルをつけました。内容は至ってシンプルで自然から都会に生活が変化したひとがいま、感じていることです。

では、そのひととは誰か、というと何を隠そう筆者です。

最近、まわりがキャンプを薦めることで家族でキャンプデビューしました。光もない真っ暗闇の中、火を囲んで時のたつのを忘れてひとと語り合う。そんなひとときが人間的であり、「デジタルデトックス」的でトレンドっぽいところもあり、自然の価値を再確認している自分に気づかされます。なぜ、こんな話をしているかというと、「人間的」というキーワードが頭の中に巡る機会が最近、多くあったからです。

■風呂は薪炊き、こたつは炭という家で育つ:
本当にそんな家があったのか?と言われそうですが、実はわたし、小学校までは風呂は薪風呂、こたつは炭こたつという田舎の家で育ちました。

薪風呂をご存知ない方はぜひググってみてください。文字通り電気ではなく、薪でお湯を炊くお風呂です。薪をボイラーに焼べて、お湯を温めて入っていました。だから、火起こしは日常のほんの一部で、毎日薪で火を起こしまくってました。

また冬場は定番の炭こたつ。薪風呂のボイラーでできた炭をこたつにもってきて、掘りごたつの掘りの中に置くと、半日ぽかぽかのこたつの完成です。猫がこたつの中から一酸化炭素中毒になりかけて、げほげほと咳き込みながら頭を出すことも日常のワンシーンでした。

こうして話をしてみると面倒な生活と聞こえがちですが、子どもだったこともあってか、習慣化していたこともあってか、何も苦になることはありませんでした。しかし、いま、その生活を振り返るとここが自分の原点だったし、ぽっかぽかのお風呂やこたつから自然の力を感じることがあったし、人間的だったという気がします。普段の電気で炊く風呂と薪風呂、電気こたつと炭こたつって圧倒的に後者が身体の芯まで暖まるんですよね。

■いまは、デジタルから自然の揺り戻しのターニングポイント?
ここでいうのはデジタルで世の中が便利になったといっても、実は感覚的に人間によいとされていたものとのトレードオフになっていて、利便性の価値と自然的な価値のバランスにおいて自然の価値への揺り戻しがきているのではないか、という話です。

先日とある著名マーケッターと話をしていたとき、日本人のルーツのお話をされていました。認知科学の領域で、日本人が慎重でリスクをとりにくいというのは、400年の歴史で培われた能力なんだそうです。いまの日本人を掘り下げると400年の歴史があるわけで、その人間的変化はそう大きく変化しないそうです。

であれば、自然が身近にあり、それに囲まれていた原体験は遺伝子レベルで日本人が持つものであり、デジタルという非人間的な生活の伸長が逆にその揺り戻しを起こしていることも自然な成り行きだと捉えることもできます。

自然から学ぶ人間的な価値の再発見——

そんな原体験にいまのひとを惹きつける魅力が隠されている気がしていて、改めてデジタルだけでなく、人間的な体験価値をどうカタチにするのか、という点にもサービス提供社として重きを置いてみたくなっています。

それが、なんとなく「人間的」というキーワードに集約されていてたびたび頭の中を駆け巡ります。

ここまで引き延ばしておいて何の落ちもない、自分のメモ用の投稿でごめんなさい!でも、ふと考えていたことをカタチにしたくなり、メモとして書き殴るように書き出してみました。今度、もっと深掘りして記事として配信したいと思います。