小さな編集長の雑感(限定版)

小さなメディアの編集長が、仕事や働き方の気づきを書き留めるブログ。8月限定版。

ひとは、生き物なんだ、というごく当たり前のはなしについて

昨日、生産性向上について、気温とCO2の記事を配信したところ、SNS上で思わぬ広がりとなりました。

chibiblog.hatenablog.com

そうした中、SNS上でどんなコメントが配信されているのか、というのが気になるところでして、ツールなどを用いてコメントを収集してみました。主なコメント内容は、「カフェで生産性があがる理由が知れた」という感激のコメント、またCO2を測定する機器に関する情報交換といったもので、多様なコメントが生まれていました。

そんな中、わたしが目を引いたコメントがありました。

「人間は、動物であるという前提を忘れないようにしないと」

そうです。ひとは、生き物であるという前提が働き方を語る上で抜け落ちてはいないか。

昨日の話では、気温とCO2と生産性の関係でしたが、「カフェの方が涼しくて、頭がスッキリするじゃん!」というごく当たり前ともいえる話の因果の一部を解説したに過ぎません。シンプルにいえば、「いちばん、自分が快適だと思う環境で仕事をする」というだけの話で、大事なことは感情を抑えながら、普段の業務に向き合ってはいないかということです。

室温が暑い →もっと涼しい環境ならば、集中できそう
周りがうるさい →電話がかからない場所ならば、集中できそう
つかれやすい →休憩をとる。もしくは休暇をとってコンディションを整えたい

生産性を妨げる根っこがこの生物としての前提を無視した働き方、という話です。ある記事で「日本人は、我慢し過ぎ」というコメントがありましたが、これも終身雇用が前提で、会社が一生守るからいまは我慢という慣習が色濃く残っているに過ぎません。今後、終身雇用が守られ続けると信じる方は減少の一途になるでしょう。であれば、過度に我慢することはないですし、我慢しつづけてきた働き方をベースに改善を続けることに意味があるのか、という観点が必要かもしれません。

生物的という話は、科学的根拠のある事例が多々出てきています。なので、いま働き方改革という名目があるからこそ、大胆に変化するチャンスがあるのではないか、と感じています。当然、ビジネスモデルも変わっていきますし、ビジネスはさらにスピードを増していくので、このままでいいと思っているひとの方が希少ではないでしょうか。

最後に、ひとこと。
これからは「ひとは生き物なのである」という大前提に立った働き方に寄り添っていくのではないか。最終的には、人間理解の深さ、日本人への理解の深さがより大切になる、と切に感じています。