小さな編集長の雑感(限定版)

小さなメディアの編集長が、仕事や働き方の気づきを書き留めるブログ。8月限定版。

「逃げる」ための境界線をもつことが大切という話

逃げよう。
自分を縛りつけるものから。
ボーダーを超えよう。
塗り替えていこう。
自由と平和を愛し、武器は、アイデアと愛嬌。
バカにされたっていい。
心をこめて、心を打つ。
さあ、風通しよくいこう。
私たちは、新しい地図。

何かというと、先週末に公開になったNew Smapの公式サイト「新しい地図」の動画メッセージです。

youtu.be

 

既存の枠組みからまったく新しい白地の場へ。そこでは何にも縛られない自分のアイデアと愛嬌で新しい地図を彩っていける。過去との決別と前向きに未来に向かう稲垣さん、草なぎさん、香取さんのメッセージが伝わってきます。新しい発信の場を自由度の高い「AbemaTV」を選んだというから嫌が応にもその活動を期待してしまいます。

と、その中でちょっと気になった言葉があります。

逃げよう。

動画の冒頭にあるメッセージです。

逃げよう。

どうしてもネガのイメージです。

でも、彼らは「逃げよう」と言います。
そのメッセージに何かが引っかかりました。

どうしてだろう、と思うと背景には現代における「逃げる」ことの大切さが隠されているように思います。逃げられない、日本人。とにかく、日本人は、撤退戦が苦手です。美学は、玉砕です。「捕となって捕らえられるより死を選ぶ」が習わし。それは歴史からも証明されており、根底にある根性論は延々に受け継がれているように思います。会社で「逃げよう」ものならば、根性なしと思われる。村八分にされる。

しかし、どうでしょう。「逃げる」というのは本当に悪なのか。

自分が思うに結論、そんなことはありません。

その場を逃げなければ、勝てない戦もある。最後に勝てばいい。
大事なのは、「逃げる」境界線をどこに置く、という点ではないでしょうか。

事業であれば、撤退ラインがあらかじめ決まっています。2年単年黒字とか。新規事業が上手くいく会社ほど、この撤退ラインが明確です。そして、撤退=逃げることが恥とは思われない文化もあります。

しかし、個人において「撤退ライン」を明確に持つ方って少ないように思います。
いま、ヤバい。逃げろ、みたいなラインです。

代表的な例でいえば、メンタルヘルスです。産業医の方に「撤退ライン」についてお伺いすると撤退ラインは以下のようにいいます。

「没頭していた趣味に、没頭できなくなったら注意」といいます。

没頭する趣味は、もっともストレスフリーの対象。そのストレスフリーにも行動を移せないというのは、それだけストレスを溜め込んでいる証拠なのだそう。また上司目線で部下を見るときのメンタルヘルスの境界線は、「ケチな飲み屋」。

け:欠勤
ち:遅刻・早退
な:泣き言を言い出す
の:能率の低下
み:ミスが多い
や:辞めたいと言い出す

個人においても、「逃げる」境界線をつくることができます。

「逃げる」は悪ではなく、勝つ為の手段。最後に勝てばいい。と考えれば、その境界線の知識を持ち合わせ、自身で判断することがより大切な時代のかもしれません。そんな背景をなんとなくですが、スマップのメッセージにも感じたのかな、と思ったり。

最後に。


逃げよう。


メッセージ、ひとつで
時代の空気を変えるアイドル「Smap」。やっぱり、カッコいいです。

1週間で気になった記事を改めて洗い出してみる。そして、考える(2017/09/22)

おなじみのこの企画。だいぶ期間が空いてしまいましたが、その間に気になった記事をまとめて振り返ってみました。

1.

business.nikkeibp.co.jp

使用期限切れの鶏肉を使った「チキンマックナゲット」問題が大きくメディアに取り上げられ、飲食業会ではもうやっていけないのではないか、日本撤退か、とまで言われたマクドナルド。それが今ではV字回復して、上場後、最高益を出すのではないかというところまで回復しました。その舞台裏の記事です。

足立さんが取り組んだのが、「価格と価値のバランス」を磨くこと。以前までのマクドナルドは100円マックなど、低価格訴求であったけど、いまはバリューを訴求し、正しい価格でお客さまに買ってもらうことにシフト。身体に悪いとか思うんだけど、食べちゃうというラーメンみたいな背徳感を受け入れ、レギュラーでもおいしいを訴求するなど、問題があった時期からは大きく転換したとのこと。個人的にマクドナルドのマーケの方に直にヒアリングしたことがあるのですが、ここで出るバリューが「美味しくて、楽しい!」ってこと。マックに行くとなんかワクワクするみたいな!ハッピーセットとかもそうだし、マクドナルド総選挙など、以前に比べると明らかに「楽しそう」が全面に出ている。それが、社員の忠誠心という土台があり、マクドナルドが心底好きなひとが発信するからそんな空気が出たのではないか。HOWが注目されがちだけど、V字回復を支えた社員の忠誠心は何から生まれたのか。そして、それを一致団結させるためにどのような施策を打ったのか、そんなお話も聞いてみたいな、と思った記事でした。

(個人的な学び)
→企業の本当の価値を見定めること。価格、健康思考ではなかった。
→企業への忠誠心は何から生まれたのか。
→顧客に寄り添いすぎてもダメ。低価格、健康志向など、時代に寄り添いすぎた失敗。
→マックは、「美味しくて、楽しい」。健康に悪そうも受け入れた背徳感の勝利

2.

web-tan.forum.impressrd.jp
ソーシャルメディア時代、顧客と企業の接点は拡大しています。今でこそ、コミュニティマーケティングとか、アンバサダーマーケティングとか言われますが、その走りのひとつとなったのが、サントリーさん。そのストーリーの話ですが、「工場見学から始めることを決めていた」という話。HOWは置いておくとして、いずれにしても「顧客に楽しいを思ってもらう」というのが前述のマックと同じなんですよね。「○○○×楽しい」—バリューを生む方程式は多々あると思うんですけど、いまの世の中、どの業界においても「楽しい」はひとつの大きな差別化を生む価値なのかもしれません。

「書きたくてたまらないような場を設定しなければ、負けなんです」

この言葉に、いまのソーシャル時代のポイントが凝縮されているように思います。

(個人的な学び)
→場づくり、環境づくりが重要。ソーシャルメディア時代のポイント
→場づくりの基本は顧客の悩み優先。買って、書いては絶対にNG。
→場づくりは結局ひと。企画者のスタンスがモロ出るので、スタンス明確化は必須


3.

signifiant.jp


情に流されず、意思決定すべしー森川さんのメッセージ。とかく日本の経営では「あいつ、頑張っているし、もう1年様子みるか」とか、情に流されることが多々あります。それがいい方向に向かうこともあるけども、ダメにすることの方が多い。そういう意味で、経営者は「信頼されつつ、嫌われる」ぐらいがちょうどいい。

ほか、気になったのは「一部のお客さまに評価されるからおれは正しい」と思うなという点。マーケ観点からするともっと大きな市場を逃すことになるし、停滞のはじまりともいえる。メディア運営していると既存読者の評価があるからOKになりがちだけど、なくしているものはないか、という視点は常にもつべき。そう考えると評価者は編集長だけでなく、もうひとりいるべきか。うむむ。

(個人的な学び)
→決断する人は、情に流されるな。冷静に数字とマーケットで判断
→顧客を見誤るな。自分の都合で、顧客意見を持ち込むな
→マーケットは広い。独断で狭める行為がないか、常に評価せよ


おまけ:

siliyoro.com

最後に。
最近読んだブログでもっとも刺激を受けた話。金ない、知識ない、コネないの著者が憧れでシリコンバレーに渡り、ビジネスを立ち上げたという話。何もないひとでもここまでできる。リソースが潤沢な企業の新規事業担当がなぜ、それができないのか。そのヒントが詰まっているように思います。

う〜ん、今回はマーケティングの話ばかりが目につきました。自分が運営するメディアももっと非連続な成長をするためにどうすればいいのか、悶々としているところがあったからかな。ということで、引っかかった何かからまた深掘りしたいと思います。

うにうに、考えます。では、よい週末を〜!

止めることの決断にも責任をとってもらいたいよね、という話

「新規事業の起案が、まだデータが足りないなど、なかなか進まない」
「調査が足りないといわれ、なかなか承認されない」

大企業でよくある光景です。
大企業ではとくにそうですが、新しい起案には前例がなく、それが成功する裏付けや成功する根拠を明確化したい、という決裁側の気持ちが反映されていきます。当然、「データはないのか?」「前例はないのか?」という話になりますが、数字がないまだ見ぬ市場へのアプローチであるため、そもそもデータというものがすべて懸念を払拭するほど、世の中にあるわけではありません。

ここで、提言したいことがあります。
それは「決裁を止める側にも責任をとってもらいたい」という話です。

いまの日本の決裁システムは、異常に「失敗しないこと」に重きを置いたシステムになっています。極論、失敗する要素があるのであれば、全部止めて、絶対に成功する施策を前進させれば、いちばん決裁者として評価されるシステムです。そこには、失敗を許容する仕掛けがないので、新しいことに対する決裁に及び腰になるのも無理はないわけです。減点法の評価制度がある企業であれば、尚更です。

ちなみに、俗にいう日本の根回し人数をご存知でしょうか。

日本は、他国に比して多い、「平均4.34人」
ちなみに、イギリス、ドイツなどは、平均で「2人弱」です。
およそ倍の人の根回し=決裁をとる工数がかかるというわけです。

▼(参考)厚労省資料:最近の働き方の特徴
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000140704.pdf


リスクを避け、小さな成功でもプラスになることが評価される。
さらにその決裁者や関係者も他国に比して多数存在する。
これで大企業で新しいことを、スピーディに動かすことができるわけがありません。

そこで、考えました。
この決裁システムに風穴を開けることはできないか。

それが「企画を止める決断にも責任をとる」というもの。

いまは、企画を止めることに対するデメリットが何もありません。しかし、実際には会社や事業の未来に多大な損失を生んでいる可能性があり、しっかりとこの決断への評価をすべきだという考えです。

企画を止めることにも責任が発生するのであれば、いやがおうにも「やる、やらない」に対して真剣に考えるでしょう。データがないのであれば、実際に足を運び、自前でマーケティング活動に勤しむという行動もできるかもしれません。もちろん、時間軸が長い話になるのかもしれませんが、やらないよりもやった方がいい、という話。

まずは、決裁の評価の適正化を。
そして、勇気ある決断がもっと賞賛される仕掛けを
まずはつくるべきではないでしょうか。

「愚問」は、周りに気づきを与える「最高の質問」という話

「なんて馬鹿な質問をしているんだ、あいつ」

イベントの質問タイム。馬鹿な質問をすると観衆の冷たい視線を浴びると思い、どうしても積極的に挙手して質問をする空気ができない。日本のイベントでよくある風景ではないでしょうか。

今日は、みんなが馬鹿だと思う「愚問」について考えてみます。

まず、なぜ日本のイベントでは、積極的に質問が出てこないのか。実はこんな背景があると言われています。それが、文化的価値観の違いです。

よく知られるのは、ヘルート・ホフステードがIBMで行った国別の文化的価値観の違いを調査・分析、数値化したものです。その特徴を表したのが「集団主義個人主義」の違いで、集団主義的の性格は「集団に忠誠を尽くす代わりに保護され続ける」と考えるため「私たちは」という視点で物事を考える傾向が強くなるといわれています。そのため、イベントでは「みんなの役に立つ質問をする」という意識が顔を出し、「私たちは」という主語で質問を考えるため、大規模になればなるほど質問が出にくくなるというメカニズムが発生します。ちなみに、日本人は集団主義です。

では、そうした場を壊すことはできないのか。
その解のひとつが「愚問」ではないかと思うんです。

「こんなこと、聞いちゃっていいのかな?」
「どうしても、このことだけは聞いてみたい」

そんな質問は、他人からすると自分とはまったく関係ない「愚問」に映るかもしれません。しかし、この愚問が前述の集団主義の価値観を壊す力を生むのではないでしょうか。

ここで事例を紹介します。

それは、日本人初のノーベル賞学者の湯川秀樹さんです。実は湯川さん、京都大教授の定年間際にも学内に積極的に顔を出し、とんちんかんな愚問を連発していたそうです。当然、研究者に撃退されていたそうですが「俺、あほや、、、、」と落ち込むものの、時折、まったく切り口の違う視点を与えて、議論を活性化していたそうです。きっと湯川さんもそうですし、その場にいた研究者の学びも湯川さんのとんでも質問によって深まっていたのではないでしょうか。結果、このあともノーベル賞受賞者が続くという結果につながっています。

(参考)
京都新聞 凡語 - 素直な愚問


愚問は、「あいつは馬鹿だ」と思われる代わりに場の空気を変えます。そして、ときに驚きの発見を生みだします。

「愚問」は、ときにみんなの知りたいを共有する質問になる
「愚問」は、ときに質問の敷居を下げて、議論を活性化する
「愚問」は、ときに驚きの発見を生み出す

なんかこう考えると、
純粋に知りたいという個人的な「愚問」の力ってすごい気がします。

そして最後に。

こうした愚問っていちばん、「権力者」ほどすればいいと思うんです。湯川秀樹さんが愚問を連発していれば、学生も研究者も「俺もこんな質問していいんだ」と積極的に質問する空気を生んだのではないでしょうか。きっと日本特有の集団主義の空気を打ち壊し、議論の活性化、はたまた新しい気づきを得ることができるのではないでしょうか。

「愚問」は、最高の学びを与える「最高の質問」なのかもしれません。

変わらない、ということは信頼できるという話

「変わらない、ということは信頼できる」

先日、とある著名経営者から取材時にもらった言葉です。ずっとやり続けているから、信頼できると思った。だから、取材を受けたというお話でした。この言葉が自分の中で妙に嬉しい気持ちになったのと心に残ったので、この言葉について少し考えてみました。

背景を紹介します。

実はこの取材を申し込んだインタビュイーは、わたしが以前セミナーを企画し、登壇いただいた経営者でした。もう6年前の話です。テーマは「好きを仕事にすることができるのか」。当時わたしは、入社5年目で壁にぶち当たっている86世代向けに「キャリアセミナー」を毎月開催していました。内容は、著名経営者やビジネスパーソンをゲストにその方の20代を振り返ってトークしていただくこと。それを題材に登壇者とセミナー参加者いっしょにワークショップを実施し、考えを深めるというものでした。

ふと振り返ると、内容の進化はあるもののたしかに「これからの働き方」という軸はぶれずに施策だけを変えて、いまがあるように思います。

「変わらない、ということは信頼できる」

変わらないのは、施策ではなく想いや考えとなるそのひとの行動軸です。そして、この行動軸を曲げずにやり続けている、というのは、企業内でいうと本当に難しいということもあります。市場が変わり、会社方針も変わっていくわけです。自分の立場もメンバーから責任あるポジションに変わっていくわけです。中間管理職であれば、現場の目標達成が第一優先となり、メンバー時代の想いの軸は薄れていくこともあります。「想いをもってやり続ける」、自分の意志で始めたアクションをやり続けることの難易度は会社の中で仕事をする方であれば、何となくイメージができると思います。

では、軸をぶらさず、やり続けるにはどうすればいいのか。やり続ける、というのは同じことを同じように進めていればいいというわけではない。シンプルですが答えは簡単で、「自分軸を大切にしつつ、会社の方向性を理解し、現場のニーズを理解し、その交差点となる場に自分の新しい施策を置く」こと。やり続けるということは、「生み出し続ける」と同義なんじゃないかと思うんです。

改めて、こう自分の中で勝手に振り返って経営者に言われたことを思い出し、また妙に嬉しく思いました。

「やり続けていることがスゴい。だから、信用できる」


オウンドメディアは、既存メディアと補完関係にあるのかもしれないという話

ふわっと思ったことを書き起こします。

いま、オウンドメディアの編集責任者を担う上で、既存の大手メディアの編集に関わる方との接点も徐々に増えてきました。とくに大手メディアでは取り扱う分野も広く、わたしが専門とする「働き方」や「キャリア」に関する情報も数多く発信しています。

そんな大手メディアの編集の方と話をしていて、わたしたちが配信する情報は高く評価いただくことがあり、その評価ポイントにオウンドメディアが生きる道、既存メディアとの棲み分けとなるヒントが隠されているのではないか、というお話です。

先に、答えをいうとポイントは、「大手メディアが扱いにくい分野を扱う」ということです。

大手メディアが扱いにくいというのは、雑誌でいえば、その特集が売れない。PVが増えないコンテンツテーマということになります。社会性の高いメッセージを売りにする雑誌メディアも以前は月ごとのテーマを「これは売るテーマ」「一定売れなくても社会に問うテーマ」という月刊誌ならではの決め方をされているところもあったと聞きます。しかし、雑誌メディアの売上は大幅に減少傾向。またWebメディアに至っては、PV偏重による広告が大きな収益源になっていることから、ちょっと過激でも話題性を重視したコンテンツ配信になりがちになります。特にタイトルは内容とかけ離れたふざけたタイトルになるのもここが原因だったりします。

では、ここでいう社会性が高いが雑誌が売れない、PVが伸びないテーマとは何か。一例を挙げると「女性の働き方」「女性のキャリア」だったりします。女性の働き方、キャリア特集というのはニーズはありつつも、PVが大きく伸びるコンテンツではないです。某雑誌編集長をされていた方も同様のことをお話されており、結局はニーズを集約した「女性専門誌」「女性専門のWebメディア」となり、その変化を気づいてほしい男性ビジネスパーソンには情報が届かない縮図が出来上がります。

例えば、共働き世帯がマジョリティになり、お互いのキャリア志向を理解し、刷りあわせを行うことは必然的に行わなければならないことです。家庭内の理解がなく、摩擦が起きている状態でよいキャリアを築けたという話を聞くことはあまりありません。パートナーや家庭の理解が大事であり、その理解を得るにはコミュニケーションをとり、パートナーのキャリアも理解することが重要になるわけです。しかし、こうした共働き世帯のキャリアの変化といった本当に必要とされる情報は取り扱われない傾向にあります。つまり、大手メディアには扱いにくいテーマがある、ということです。

しかし、オウンドメディアは違います。企業の在り方を社会にメッセージするメディアであれば、PV偏重にならない編集方針、コンテンツ制作が可能です。そうした隙間のコンテンツは翻って実は「大手メディアがほしい情報コンテンツ」となり、希少性が増していきます。結果、補完関係になる可能性があり、よりよい関係を構築できるのではないか、という話です。

全部が全部、そうした「大手メディアがやれないこと」というポジショニングをするわけではないですが、大手と同じ情報コンテンツを配信していてもオウンドメディアに価値は生まれないわけで、このあたりはオウンドメディアという特有のメディアの編集長として意識すべき点かなと思うわけです。

賞味10分で書いた自分めもなので、文章が荒いのはご了承ください。ぜひ、編集の方がこちらをご覧いただいたら、ぜひご意見をいただけたら幸いです。


100記事を書いての学びを「最強の質問」で振り返る

ゆるりと続けてきたこのブログ。2016年10月1日からスタートして、本日で100投稿を迎えました。いつの間にか、読者も70名に近い方にご登録いただき、ほんとうにありがたいかぎりです。読者がいるって何よりのモチベーションですからね! ということで、節目の投稿になったので、ざっとこれまでのブログを書いてきたことの学び、振り返りを実施します! ※前回は下記の記事でまとめております。

chibiblog.hatenablog.com


1.時間の流れの順序を見直すことによって、思考過程を振り返る問い「今回の営みは、最初に何をして、次に何をして、最後にどんなことをしましたか?」
最初:前回の「最強の質問」でも振り返った通り、ブログの開始は「俺たち毎日ブログを書くぜぃ」の企画に賛同したこと。元々プレッシャーをかけないと動かない自分の性格があるため、「グループで取り組むこと」「(少しの)罰ゲームを用意すること」「お互いを励まし合うコミュニティをつくること」を仕掛けとして盛り込みました。

次に:毎日ブログを続ける上で、もっとも大事なことが「書くねたを見つける」こと。ここで大きく行動が変わったことが2点。1つは、過去のめも書き、研修資料などを持ち出して、気づきをリスト化したこと。二つ目は、日々の気づきをすぐに手帳にめもする習慣をさらに強化したこと。

実は、わたくし、メモ魔でして、気づきはすぐにめも帳にめもします。しかし、定期的に振り返る習慣があったかというとないわけで、せっかくの気づきが定着せずに終わっていることも少なくありませんでした。今回のブログを継続することで、この気づきを改めて振り返るキッカケができたことはポジティブでした。

また、二つ目は、メモ魔をさらに加速させてくれたこと。日常に気づき、とくに自分が面白い!って思ったことは、その背景に何かしら隠されているわけで、「なんで、面白いと思ったのか」をすぐに書きとめ、そこを軸に思考を凝らすというサイクルがまわりだしました。アンテナ高くキャッチアップし、それを考える機会をつくる。これがブログを書き出す上でいちばん身になったことかもしれません。

最後に:まだ100記事ということで終わりではありませんが、1記事1万PV超えの記事も配信することができ、欲が出てきました。ゆるゆると自分の思考の整理で記事を創っている一方で、読者観点を意識した記事も合わせて配信してみることに今後していこうと思います。

2.関心や意欲の高まりを聴く問い「今回、がんばったことはなんですか?」「今回、嬉しかったこと、好きになったことはなんですか?」「もう一度やってみたいことはありますか?」
今回がんばったことは、より早く端的に伝わる記事を書くこと。夜にダラダラと書き出す習慣を一掃し、子どもの保育園を送ったあとにサッと書き上げる。その時間はおよそ30分。先に頭の中でテーマを考え、構成を考え、記事のイメージがなければできません。そうした制作プロセスを見直し、締め切り効果を利用して一気に書き上げる鍛錬をしたこと。

嬉しかったことは、そうして30分で書き上げた記事が大ヒットして、1万7000PVを獲得したこと。記事の質は、かけた時間に比例はしないということを改めて実感しました。

もう一度やってみたい、といえば、上記のようなヒット記事を配信すること。いまは比較的自分の思考を整理するための「日記」の色合いが強いものの、自分自身の学びや日々の実験が多くのひとの関心ごとになることを実感できたので、そうした「読者観点」の記事を配信していくことは今後と異なる点です。


3.創造性の高まりを聴く問い「今回の学習で、工夫したところはどこでしょう?」「今回の学習でよく考えたな、我ながらいいなと思うのはどんなところでしょう?」
短い時間で、記事を書き上げるということ。そのために集中するためのお作法を取り入れ、それを毎日実践したこと。

chibiblog.hatenablog.com

集中に詳しいとある専門家に聞くと、「集中は鍛錬できる」といいます。つまり集中する時間を増やし、集中の感覚を身体が覚えると集中しやすくなるということ。これは日々の業務でも活かされていて、ブログを書くという実験行為が実務にもよい影響を及ぼしています。

4.授業の初めとの違いへの問い「初めに予想したことは合っていましたか? 予想した方法は良かったですか?」「今回の学習で、分かった、できた、できるようになったことはありますか?」
連帯責任として、企画を運営するというのは良かった。しかし、ルールを緩くし、それぞれの適応ルールがバラバラになるとモチベーションにばらつきがでるため、毎日続けるひと、週1回の人が同様にモチベーションを保つのは難しいという学びがありました。

5.前回との違いへの問い「前の時間より、自分がよくなったなと思うことはありますか?」
明らかに短い時間で記事を書くという点はよくなったこと。その背景は前述にもあるとおり、集中のお作法を取り入れ、没入する鍛錬が定期的に行われたことが寄与しています。

6.学習集団としての雰囲気の高まりを確認する問い「この人はがんばったな、よかったなと思う人を教えてください」「あなたは、どんなことをがんばりましたか」
前回の企画参画されていた方は除くとして、小田川さんと北村さん。小田川さんは毎日参加メンバーへのフィードバックをされていて、丁寧にコメントをされていた。やっぱり記事を書く限りは反響や感想というものがいちばんのモチベーションであり、それを上げ続けてくれた小田川さんには頭が下がります。また、別の企画で参画されている方ではありますが、北村さんは毎日ブログを書き続け、結果、自分よりも先に100記事達成していました。「若い者に負けてられない」という闘争心を煽られたという意味で北村さんからもよい刺激を受けています。


7.友達の思考や表現などのよさへの問い「友達の考え方や表し方でなるほどなと感心したことはありますか?」「友達の考え方や方法で、今後真似したいなと思ったことはありましたか?」
失敗談をネタ化できること。日々の学び、ということでカッコつけた記事が多いところが自分の悪い癖で、全般的に自分自身をより良く見せよう、見せようという変なところがあるように思う。総論、人間くささってあると思っていて、自分自身も失敗を多く経験しているし、落ち込むこともある。そうした人間っぽさをどう表現するのか、という点はいっしょに企画をされている方の記事から学ぶところです。


8.考え方の合理性・簡潔性、総合的なものの見方を促す問い「分り易い考え、簡潔な考え、いつでも使えそうな考えはありましたか?」「いろいろな考えをまとめて、同じだなと思うところはありましたか?」
一つは、仕組みによって全体のパフォーマンスを最大できること。ゴール設定、参加メンバーのモチベーション管理(個々のフィードバック、連帯責任など)、動向の見える化Facebookメッセンジャーの活用)など、チーム運営で実ビジネスに役立てられるノウハウ蓄積はできた。

あと個人でいえば、明らかに集中のお作法。ゴールのイメージ、締め切り効果の活用、集中できるための環境づくりなど、お作法を毎日その通りに実践することで集中しやすくなるという体感値を得ることができた点。


9.内容の価値を聴く問い「今回学んだことで、一番大切だったのは何ですか?」「先生はみなさんと、今回はどんな学習をしたいと思っていたと思いますか?」「今回、休んだ友だちに教えてあげるとしたら、何をどんな風に教えてあげますか?」
いちばんの学びは、書くことが学びにつながるということ。電通の方だったと思いますが、あるクリエイターが「書けないということは、考えていないと同じ」という言葉を残されています。本当にその通りです。書くということが、いちばん思考を深める最良の手法だということが大切な学びのひとつです。

=====

ということで、100記事記念で「最強の質問」で今回の機会を振り返ってみました。ゆるゆるとやっていますが、日を置くよりも毎日続ける方が学びがあるので、平日は毎日更新していきます!

100記事、楽しかったなぁ。つぎの桁替え1000記事までさらに学びを楽しみたいと思います。

1週間で気になった記事を改めて洗い出してみる。そして、考える(2017/08/26)

おなじみのこの企画。夏休みを挟んでだいぶ期間が空いてしまいましたが、その間に気になった記事をまとめて振り返ってみました。

1.

www.businessinsider.jp

最初のひとことが面白い。「働き方改革は、つならない」。端的にいえば、物を大量生産する価値観から抜け出せないまま、そのビジネスモデルを軸に生産性を語るからおかしくなる。クリエイティブワークは、一見無駄ともいえる行いがある閾値を超えると無限大に大きくなる。この両軸をバランスよく考えることが必要。日本の場合であれば、ふたつ同時よりも社員の特性に合わせた振り分けが必要かもしれない。だからこそ、社員理解は定量、定性的にももっと深めなければならない。社員の特性をまったく把握できていない会社って多いですからね、、、、、、、いま、上司の目から見えているものすべてが社員の能力のすべてだと勘違いしている方もまた多い。組織の理解不足、社員の特徴理解という根本的課題に目を向けないといけない。

(個人的な学び)
→クリエイティブワーク型の働き方改革へ移行すべし。
→結局は、実験のサイクルをどう回すのか。余白があっても、このサイクルがまわらなければ意味がない。
→実験のサイクルには、知の探究と深掘り(深化)が大事。それを支えるのが、動機。動機なくして、個人・組織の活性化はありえない。原点は、そこ。
上記を間違うと、結局つまらない働き方改革になる。


2.

smartlog.jp

すごくシンプルな話なんだけど、奥が深い。例えば、好奇心と探究心が旺盛 という話。入山先生がよくお話される知の探求と知の深化という話とまったく同じ。最近、コワーキングなど人が集う場には探求型の人材が多く露出されるようになってきたものの、本当に露出されるべき知の深化型のひとをあまりみかけない。今後は、探究心=知の深化について、人材開発視点で多く語られるのではないかという学び。ほかの項目も言いたいことばかり。普段は倹約家、しかし使うときは潔い、という話とか。

(個人的な学び)
→ソーシャルで知の探求は以前よりしやすくなった。あとは深化。深く考える思考力を養え。バランス大事。
→お金を出し渋るな。お金を使うとは、人を選ぶということかも。ギバーとテイカーの判断大事。
→目力が宿るのは、知の好奇心と探究心から。いまの自分は探究心に振ってみるのもありかも。

3.

thepassion.jp

マクドナルドをV字回復させたマーケティング責任者:足立さんの記事ですね。リンク先は全4回シリーズの3回目。成長の判断軸、時間の使い方、人の付き合い方など。今回多く語られているのは、時間の話。いちばんはやっぱり時間が貴重。そのために、どう時間配分を考え、学びにつなげるのか。しいてはその学びを成果につなげるのか。足立さんの仕事の一端を垣間みることができます。

(個人的な学び)
→時間がもっとも大事。お金をかけて時間を確保できるならば、そこは投資すべき。
→人からの学びは貴重な時間。多様な人と会い、学び会うことがマーケターの財産になる。
→仕事にこだわれ。成果がそのまま自分の「ブランド」になる。
 ※ブランドとは、このひとに任せたら成果になる、という信頼。

==============

ほかにも多数取り上げたい記事がありましたが、今回は上記3つをピックアップ。とくに舞子さんの話は、いつの時代も変わらない昇る人材の特徴を表しているので、必読の内容かも。

少しラフにまとめたので、後日とくにビジネスインサイダーの記事はもっと深掘りしたいと思います。ではでは。

ブログで読まれる文字数は何文字が最適なんだろうか、と考えてみる

「俺たち、毎日ブログ書くぜぃ」の企画にのっかって、早98記事目になりました。夏休みなどの休暇期間は更新を空けているとして、日々の小さな気づきを約1,000文字に落とすというのは、アンテナを高くもち、感度を高めるよい行為だと思っています。

さて、そんなブログですが、ここでひとつ問いを立てることにしました。それは、

「ブログ記事でもっとも読まれる文字数は何文字か」というものです。

こちらの俺たち、毎日ブログ書くぜぃの企画では1,000文字をMinに定めていますが、その根拠はまったくありません。ということで、過去記事も含めて、この問いの解になりそうなものを取り上げてみました。

【過去の参考になりそうな記事】

gendai.ismedia.jp

totodaisuke.weblogs.jp

blog.livedoor.jp
話題として取り上げられているのは、米国のニュースメディア「QUARTZ」で活用されているQUARTZカーブです。端的にいうと「短い文章か、長い文章しか読まれませんよ」という話です。もうひとつは、いまは廃刊となってしまったR25の話。ここでもコラムは短い文章でまとめるということが書かれています。具体的な数字を挙げると下記になります。

■QUARTZカーブ:
・500ワード以下、800ワード以上の記事がもっとも読まれる。
 →英文のため、日本語だと2.5倍して「約1250ワード以下/2,000文字以上」

R25
・コラムの文字数は、800ワード

では、なぜ、文字数は短いor長いがもっとも読まれるのでしょうか。これはスマホ台頭による影響が大きいというのはいうまでもありません。大抵のメディアは、7割から9割がスマホ読者だと思われます(ここは経験談)。R25のつくり方でも言及されていますが、読者の生活の中でどうコンテンツが読まれるのか、ということと、その読み手の本当の欲求がどうなのか、という点が重要視されるということになります。

スマホでコンテンツを読む時間というのは隙間時間が主だと思います。例えば、通勤時間。それを狙ったメディアはそのスタイルに合わせて、コンテンツの文字数も調整しています。例えば、R25は駅と駅の間の時間に合わせて、文字数を800字以下にしたというのは有名な話です。

実際に自分が手がけている記事をUserInsightで調べてみても、上記のことが同様にいえることがわかっています。※ここはデータ出せなくてごめんなさい。

ということで、改めてこの「小さな編集長の雑感」:PVランキングと文字数を整理してみました。

1:なぜ、カフェだと仕事がはかどるのか、を実験してみた。(1,520W)
2:雑談の捉え方で組織の生産性が変わる、という話(2,136W)
3:海外では、「上司にお酌する」はNGだってこと、ご存知ですか?(1,127W)
 :
4、5位以降を調べてみるとだいたい1,000W前後。Gで滞在時間を見ていても、3分〜4分なので、おおよそQUARTZの話はマッチしているように思われます。もっとツールを活用して調べてみても面白いと思うのですが、まずは20分程度でその傾向を掴んでみようといったこの試み。

まずは1,000Wという文字数は適していそうということで、今後もこの文字数を基準に書いていこう。そして、長くなるようならば、2,000Wに至るよう密度の濃い内容を配信していこうと思います。

落ちですが、では今日の記事は何ワードだったのか。
1484Wでした。ここまできたら削るか、内容を濃いめにして2,000Wにしないとダメですね。。。。精進します。

 





子どもの自由研究は面白いという話

夏休みのため、更新が滞っていましたが本日より再開します。夏休み明けの第一弾は、「子どもたちの自由研究」についてです。

話題は、息子(4歳)が行きたがっていた自然博物館から。

ここでは、夏休み中の子供たち向けに「世界の昆虫展」と「子どもと大人の自由研究」の展示がされていました。中でもわたしが目を引いたのが「子どもたちの自由研究」です。

何が、興味を引いたのかというと問いと実験プロセスがとにかく面白い。

・えさによるカイコの変化
・さわってよいケムシとさわってはいけないケムシ
・モンシロチョウ幼虫大研究 太陽が当たらないとどうなるのか
・なぜ、バナナにムシが集まるのか
・クワガタの好きなものは?
など

小学生の学年によって問いのレベルは違いますが、低学年の学生の問いの方がシンプルでユニーク。何より個人的に面白かったのが、「クワガタの好きなものは?」の実験。実験プロセスは、段階分けされており、最初は、5種類の果物を与えて、複数回チェックし、反応がよいものの順位付けを実施。実施後、次はいちばん集まった果物に酢をかけたり、砂糖を加えたり、レモン汁をかけたり、と条件をつけて実験。こうした実験結果をまとめているものでした。

正直、小学生の低学年でこれだけの実験プロセスを構築することも驚きだったし、その考察もユニークでした。好奇心の赴くままにテーマを立て、計画し、実行し、考察する。そして、新たな計画を立てる。ビジネスパーソンとしての基礎となるPDCAサイクルがうまくまとまっている自由研究でした。ちなみにこうしたPDCAサイクルをまわす訓練というのが自由研究だったり、子どもの悪戯だったり、多々あるものだなぁっと改めて感じました。 ※参考:過去にこんな記事も書いています。

chibiblog.hatenablog.com


当然、子どもの自由研究とはいえ、大人のフォローが入っているとは思っています。しかし、自身の好奇心の赴くままにテーマを立て、計画し、実験し、考察し、また計画を立てるというプロセスを学ぶ本当にいい機会なのだと思う一方で、社会人になってどれだけこのサイクルを回し、学びにできているのか。改めて自分への問いとして跳ね返ってきました。すでに計画された仕組みの中で、単に実行(DO)だけの生活に慣れてはいないか、考えさせられるよい機会でした。

いまの自分は小学生よりも、退化してはいないか。

子どものような大人は強いとか、(※いい意味で)バカは強いとかいいますが、学びの手法は大人よりも子どもの方がより濃いものなのかもしれません。

最後に自分が学びとなった余談をひとつ。
昆虫展といえば、展示は「標本」になります。標本の作り方って昆虫によって違うってご存知ですか。

大きく分けると、肉食と草食で分かれるんです。

肉食の例は、トンボ。トンボは小さな昆虫を食べるので、標本にする際にこの「肉」を体内から捨てないと腐ってしまうそうです。そのため、トンボの標本をつくる際にはまず糞を出させ、「餓死」させてから標本をつくるのがコツなのだとか。

う〜ん、子どもの自由研究ってほんとうに面白い。4歳の息子が大きくなったとき、どんなテーマを自由研究として立てるのかな。今から楽しみになりました。