小さな編集長の雑感(限定版)

小さなメディアの編集長が、仕事や働き方の気づきを書き留めるブログ。7月限定版。

毎日ブログを書くための「ねた」をどう生み出すのか、という質問に答えてみる

昨日、社内の後輩からこんな質問をもらいました。

「毎日、ブログを見ているのですけど、そのねた元はどこにあるのですか?」

毎日ブログを書いているひとの大きな悩みはおそらく「ねたが尽きる」ということだと思います。日記とは異なり、テーマが絞られたものであれば、なおさら「ねた」をどう絞り出していくのか、ということに苦心すると思います。

今日は、いただいた質問の回答をもとに記事を書いてみます。

■ねた元は、日々のメモ
先に質問の答えからいうと、わたしの記事のねた元は日々の気づきのめもです。しかし、ほかの方と違うのがあらゆる気づきをめもにしてめも帳にまとめていきます。ちなみにどんな感じかというとこんな感じ。

はっきり言って、「めも魔」です。

 

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ひとに会ったとき
取材をしたとき
セミナーに参加したとき
本を読んだとき
資料を読み込んだとき
電車でぼーっとしていて何か思いついたとき

こんな感じであらゆる場面で、めもします。

あとよくあるのは、飲み会の内容をめもすること。自分といっしょに会食に行った方はご存知かもしれませんが、テーブルにメモ帳を置いて、のみ会の気づきをすぐにカタチに落とすことをしています。飲み会っていい話を聞いた、と思っていても、1日立てば何の話をしたのか、だいたい覚えていないですからね。だからこそ、気づいたら、めも。ただし、場の雰囲気を壊すことは避けるので、すべての場ではありません。

あとデジタルではなく、アナログに書くことにこだわることにも理由があって、

1.気づきの感情を文字の強弱で表現することができる
2.図をサッと書き起こすことができる

アナログのデメリットは「検索性に乏しい」ということがありますが、自分はメリット重視でアナログのめもを活用しています。そんな風にして、時々の気づきをサッとめも帳にまとめることを約6年間、続けています。さすがにこれだけの気づきのめもがあるとねたが尽きるということはありません。

ただ、記事にする上で、気づきはただの気づきです。直感です。そこに深い思考はありません。なので、その気づきを切り口に記事の構成を考え、情報を収集し、まとめるサイクルをまわしているのが、いまです。


■ログをとることを習慣化しているひと、しないひと
個人的にめもをとって、その気づきを深掘りし、自分ごと化していくと視野が広がりますし、アンテナが立つので、日々の気づきがもっと増えていきます。ちょっとした会話のやりとりからでも、役立ちそうなエッセンスを抽出することができるようになります。

改めて、後輩から質問を受けて振り返ると、なぜこうなったかというとわたしがこのひとはすごい!という方は必ず「ログを残す」ことをしているから。そして、気づきを気づきだけに留まらせず、「日々の振り返り、半年の振り返り、年の振り返り」をしっかりと行っています。中でも自分がいちばんびっくりしたのは、日々の集中時間のログをすべてとっていた方。朝方は集中できる、昼の終わりは集中が落ちるので、むりくり仕事ができるよう強制的に話をする「会議を増やす」など、日々の生産性を少しでもあげるPDCAを回していました。ここがわたしがめも魔になった背景になります。それが、いまではブログに活かされているという感じです。

日々のログは、振り返りの基になります。そして、ちょっとした気づきの積み重ねが大きな差になります。自分の力を1とした時、ほんの1%の努力(0.01)を毎日やり続けると、1年では365乗となり37.8倍になるという「1.01の法則」が有名だと思いますが、まさにそれだなと思っています。

ということで、ブログのねた元は何か。
そして、そのねたからどのように記事になっているのか、を紹介しました。


何でも面白そうに聞けるひとと取捨選択するひと

何でも面白そうに聞けるひとがいる。
そういうひとには、もっと話をしたいから、ひとが集まる。情報が集まる。

こう聞くと、メリットも多いだろうし、何でも面白そうに聞けばいい、と思うかもしれないが、何でも面白そうに聞けるというのは、誰にでもできることではない。

聞くひとには、大きくわけて2通りあるように思う。

ひとつは上段にもあげた「何でも面白そうに聞けるひと」。
もうひとつは、「面白い、つまらないを取捨選択するひと」。
その話は、自分に役立つことなのか。ワクワクする面白いことなのか。こうした姿勢は自然と表情であったり、態度に出る。大抵のひとは、この後者に当たるのではないだろうか。

しかし、後者は話し手の防衛反応を呼び起こす。このひとに話をしても受け入れられないんじゃないか。このひとに相談しても興味をもってもらいないんじゃないか。まわりの意識は伝播して、結局そのひとには「自分の興味関心があるひとや情報」しか集まらなくなる。最終的には、似た者同士の集まりになってしまうのではないか。

しかし、何でも面白そう!!って思えるひとは、話し手がもっと話をしたい、伝えたいという気持ちが高まる。ひととひとの引き合わせも増え、自分自身の興味や関心がさらに広がる。機会は無限に広がっていく。

だから、本気で面白い!って聞けるひとには、ひとが集まる。情報も集まる。

誰しも経験があるかもしれないけど、人の出会い、仕事の機会はひと伝いでやってくる。だからこそ、長い仕事人生を考えると、目の前の話にどれだけ向き合えるのか。目の前の話に興味を持ち、何でも面白いものがあるという好奇心をもって向き合えるのか。そんな姿勢が仕事人生を大きく左右させるんじゃないか、とふと思ったのでした。

今日はそんな自分の気づきめもです。

わからないことについて、ふと考える

変化の激しい時代、ビジネスモデルもスキルもすぐに陳腐化してしまいます。であれば、既存のやり方に捕われず、常に新しい価値を生み出しつづけなければならないことは自明の理です。では、こうした新しい価値を生み出し続けるためにどんな観点が大事になるのか、とふと考えてみました。

■わからないを前提に物事を進められるのか:
創造的な仕事をしている方にお話を聞いていると、3つ共通項があることに気づきます。

ひとつ目は、「わからないことを前提に仕事を進めていること」。自分の知識には限界があることを認知し、世界は自身が考えているよりもずっと広いことを理解し、外の世界に好奇心を持ち続けています。

二つめは、「わからないことは、身近なひとに教えを請うこと」。わからないことをわからないままにしない。好奇心の赴くままに「これってどういうことか?」と自身の周りで知識を保有しているところに聞きにいく。そのための労力を厭いません。

三つ目は、「得た知識を自分ごとに置き換えている」ということ。知識を得るだけで満足せず、その知識を用いて何かできないかを考えています。

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こうして特徴を挙げてみると、なんだか当たり前のように見えます。

しかし、組織の中にどっぷり浸っているほど、この観点を持つことが難しくなります。なぜ、そうなるのでしょうか。ポイントは、高度経済成長にあった日本の成功モデルは、自社のやり方の習熟度を早期に高めることに重きを置くものだったからです。年功序列制度など、社の先輩ができることを早く自分のものにすることが会社の中で価値を高め、出世する近道といえます。言葉を変えると、創造よりも習熟に価値があり、それ意外には目を向けないことが是とされているわけで、その慣習が残る組織では、上記に挙げたことが必ずしもよいアクションではないとされるかもしれません。

しかし、これからはゲームが変わります。

習熟度より新しいことを生み出すことに価値の軸が移る中で、習熟度が必ずしも価値を生み出さない時代になりました。習熟度の目安となる「就業年数」も指標にはなりえません。一方で、創造力に価値が移るのであれば、分からないことをどう捉まえるのか、というのが大きなキャリアの分岐点になりうるのではないでしょうか。

差を生むのは、スタートの分岐点。

わからないことを受け入れ、好奇心をもって学びつづけるのか。
わからないことを恥と捉え、わからないことを避けて通り続けるのか。


最後にとある経営者の方から、この視点を持ち続けるためのポイントを伺ったことがあるので、それは後日ブログに書いてみようと思います。

ではでは。

学びが、本当に学びになったのか、を振り返ってみた

記事を読んだり、セミナーに参加したり。そんな中でよくSNSで見受けられるのが、「学びになった」「勉強した」という話です。しかし、これは本当に自身の血肉となり、技術の向上やマインドセットに通じていたのか。

とかく、わたしもこのブログを書き続けて「学びになったから、こうする、あーする」と言っておきながら、実際にどうなっているのか、振り返りができていなかったので、過去の記事を洗い直して、この3連休の機会に振り返ってみることにしました。

==【過去の自分の学びと振り返り】

1.集中の学び

chibiblog.hatenablog.com

ブログを書くのに時間がかかっていたので、集中の仕組みを学び、取り入れたという記事。簡単にいうと、目的とゴールをはっきりさせる。そして、締め切り効果を使って、強いストレスをかける。次にリラックス。目標をイメージして目の前の仕事二取りかかる、というもの。

とくに工夫したのは、1.ゴールイメージを明確化したこと。2.強いストレスをかけるというもの。1.はブログで書きたい概要とメッセージを先にイメージする。当日の夜にタイトルと概要文100Wぐらいを先に書いて寝る。こうすることで、朝方には明確にゴールをイメージしつつ、作業に入ることができる。2.は朝方にすることで、子どもの送り対応など、絶対に不可逆な締め切りをつくり、ストレスをかける。だいたい5時台に起きるので、だいたい30分〜1時間で1記事を書き切ることができるようになりました。夜にダラダラやっていたときはねた探しも含めて2時間かかっていたこともあったので、効果は絶大。

ただ憂慮すべきことは、締め切り効果を使い集中することは「集中する」という意味では効果的ですが、プロジェクトマネジメントの観点でいえば、逆効果。締め切り間際にフルパワーになるのではなく、スタートからフルパワーとして、締め切りまでの成果を最大化した方がよいです。結局は集中するスキルを身につけ、その都度の自分のゴールに合わせて活用すべき、ということでしょうか。

ということで、この学びは日々の日常に活かされています。


2.

chibiblog.hatenablog.com

「なぜ」「どうして」という問いの使い方は難しいという話。一般的に「なぜ、こうしたの?」と問いを立てることが大事、という話がありますが、状況や信頼関係によって、単なる「詰め」になりがち。実は使い方が難しい言葉のひとつです。

では、これをより有効的に使う為にはどうすれば、いいのか。

それは枕詞に、承認を加えること。「いつもはできているのに、今日はなぜ、できないのかな」。一例ですが、承認を加えることで、聞く耳を持ってもらう状況をつくる。そして、問いを立てる。基本ですが、とくに子ども相手だとつい感情的になりがち。

では、これができているのか、というと、ここはまだまだ。日々のメンバーとのコミュニケーションでも気をつけたいところ。しかし、気にかけながら、まわりの会話を観察していると、この問いを活用する上での関係づくりを考えず、杓子定規的に「問いを立てる」だけ、という状況をよく見るので、ここは自分も人の振り見て我が振り直せで改善したいと思います。

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ということで、「学んだ」と言って、放置していることが多々あるので、改めて振り返り、その日の学びにしたいと思います。習慣化には、22日とか66日とかいうので、まずは定期的な振り返りを。






正解は、いつも正解とは限らないという話

わたしは、ドキュメントや人の仕事の話が大好きです。古くでいうと、NHKで放映されている「プロフェッショナル 仕事の流儀」は録画やDVDで繰り返し見ていました。ほんとうに飽きないのか、と思えるぐらい何度も何度も見る。時々の状況、感情、悩みによって、引っかかるメッセージが違うし、勇気づけられたし。繰り返しみることで、様々な気づきを与えてくれました。

さて前置きが長くなりましたが、今日紹介するのは最近、繰り返し見ている動画の話です。それがこちらです。

www.nhk.or.jp


「奇跡のレッスン」という番組です。

フットサル日本代表アジアカップ2連覇に導くなど、世界を舞台に活躍するカリスマ監督・ミゲル・ロドリゴさんが、東京・文京区の強くも弱くもない、ふつうの小学生のサッカーチームを1週間指導するという内容です。結論からいうと、たった1週間で子どもたちの表情が見違えるほど変化し、イキイキとプレーしだすんです。番組なので、一定の編集がかかっていると想像するものの、その表情には偽りはないんだろうなぁと感じます。

この番組で、ミゲルさんが指摘していることがあります。

「子どもたちが、考えていない」
「ミスをしてもいい。でも、そこから学ぼう」

なぜ、この練習をやるのか、を考えていない子どもたち。コーチが考えた練習メニューをこなすだけに留まり、機械的になぞらえて動くだけ。相手のプレッシャーもないメニューが続くので試合になるとメンタルが弱く、相手のプレッシャーによって自分のプレーができなくなるという欠点が浮き彫りにされます。

また、「ゴール近くでは、真ん中にボールを出すな」「安全第一」とコーチが繰り返し指導します。一方で、ミゲルさんが言います。「スペインでは逆なんだよね。中央からつなげって言うんだ。リスクを避けたい気持ちはわかります。しかし、リスクのないところから学べるものはないのです」。

ミゲルさんがいう日本でよく行われている上記の練習方法。しかし、正しいとされているこの練習方法が決して正しいとは限らない。大事なことは、子どもたちが自分で考え、チャレンジすること。そして、学ぶこと。そのための心を鍛えるというのがテーマとなります。

最初のレッスンでいうミゲルさんのメッセージ:

「早く考えること」
「心と身体を同時に温めるトレーニングをしよう」

テーマは、「楽しみながら、頭を鍛える」

子どもたちの頭を刺激する練習メニュー。頭を鍛えることが目的だから、慣れるとすぐにメニューを変えます。子供たちが言います。難しい。今までにない感覚。周りを見ないといけないし、たくさん考えないといけない。

そして、1時間30分の練習後にこう子どもたちに伝えます。

大事なことは、「早く考えること」
「2秒先に未来が見えるマシンをつくろう」

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ここから、毎日の練習メニューと意図が紹介され、さらに子どもたちの家族とのコミュニケーションにもフォーカスされていき、子どもだけでなく、親も変わるストーリーが描かれています。もう学びがたくさんありすぎるこの動画ですが、個人的にミゲルさんのこの言葉がいまは印象に残っています。

「ある選手のことを思い出します。チャンスでシュートを打ったら、パスだろー!ってコーチに怒られ、次にパスをするとシュートだろーって怒られた。その子は自分から積極的なプレーをしなくなりました。大人の責任は大きい。まずは子どもの判断を尊重し、失敗を見つけても後で指摘すればいいのです」。

ーー子どもの判断を尊重する
ーーミスはあとから指摘して、学びとすればいい

自分が正しいという考えが、子どもの積極性や好奇心を削ぐことにつながっていないだろうか。そしてその判断は、ミゲルさんが掲げた課題とテーマのようにきちんと根底にあるテーマに紐づいたものであるのか。単なる感情の指摘になっていないか。そんな風に考えさせられます。

自分の正解が、常に正解とは限らない。
まずは、子どもの想いを伸ばす。

あ〜、これ。
まったく社会人でも同様のことが言えるよな、と。
子どもの教育だけでなく、マネジメントもまったくいっしょだな、と。

この動画、まだまだ深掘りして言えることが多々あるので、今度、機会をつくってブログにまとめてみようと思います。

ではでは。


1週間で気になった記事を改めて洗い出してみる。そして、考える(2017/07/15)

定番になりつつある、1週間で気になった記事を洗い出し、そして、考えるシリーズ。Facebookなどで保存した気になる記事を振り返ります。しかし、振り返ると記事だけでなく、個人のFacebook投稿も一つひとつ保存している自分。より良い情報というのは、必ずしも記事化されるものではない、というそもそもの気づきもあります。

1.

izoomi-momo.jugem.jp

この一週間でもっとも学びを得た記事がコチラ。内容は、デッサンスクールに言った著者が12時間のデッサンによって得た気づき。

(個人的な学び)
→短期に成果やゴールを目指すことがよしとされる世の中だからこそ、じっくり見つめ直す時間が大事
→自分が正しいと思っていることは本当に正しいのか。じっくり考え、違いを把握し続けるとまったく異なる全体像が見えてくる
→教えてもらうのは、簡単。しかし、時間をかけて自分で気づき、学びを得ることは本当の自分の力になる。

当たり前の話が多いんですけど、目の前の仕事を早く「こなす」コトに慣れすぎると、当たり前を見失うという話。自戒も込めて。

2.

togetter.com

記事ではないですが、togetterによる、とある先生の指導法のまとめ。子どもからも親からも不評だった先生の指導法を受けた生徒たちが実は数年後、花開くという話。具体的には、毎日10分のミニテストを実施。その定期テストに向けて学生自らに計画を立てさせ、実行させていたといいます。

こう聞くとどこにでもありそうな話ですが、この「計画を実行する」というこだわりが強かったんだとか。一人ひとり異なる実行計画をチェックし、その行動に個別フィードバックを実施。また先生と生徒、という1対1の関係にせず、その行動計画と実行を親もフォローするよう後押しした。

例えば、「教科書を5ページ読む」とすれば、親の前で5ページ読み、計画表に印を押す。最初の確認を親に任せ、親がどう確認したかも含めて先生がチェックし、助言する。当初はその先生の指導法を親も子どもも目ざとく感じていたものの、振り返るとその先生の指導法によって、「学びを力にかえる子ども」だけでなく「学ぶことを習慣化する家庭」をたくさん生み出すことになった、という話です。

(個人的な学び)
→計画は誰でも立てることができる。どう実行するか、が大事
→実行する上で、まわりの環境からプレッシャーをもらう環境づくりが大事。
  ∟まわりがやれやれ、では誰も動かない。仕組みを考えるべし。
→学習の成果は、1日、2日では表れない。だからこそ、続けられる者、続けられない者の差は激しく大きなものになる。今後の世界はもっとわからないことだらけの世の中に変わる中、この学習能力の差はキャリア人生に大きな影響を及ぼすはず。


3.

www.mother-house.jp

自分が大好きなブランドのひとつ、マザーハウスさんの採用ページについて。事業拡大で採用に力を入れるマザーハウスさん。実は、マザーハウスさんの中途採用ページには、代表の山口絵里子さんの言葉がありません。珍しいですよね。ブログを読むと単に「人事は現場に任せてあるから。100%信用しているから」とありますが、まわりにその必要性を促されて、代表メッセージを書いたという話。結論をいうと、結局はページに掲載されることがなかったボツ原稿なのですけど、その自然体で、心の底から紡ぎだされた言葉は、変に厚化粧した採用メッセージよりもずっと求職者の琴線に触れるのではないだろうか、と思うんです。似たような求人が溢れるいまだからこそ、こうしたメッセージを表にだせる求人がもっと増えたらいいなぁ。

(個人的な学び)
ハートのある代表や社員のメッセージは、それだけで共感を生み、未来の仲間を惹きつける魅力がある。似たような求人が世の中に溢れる中、こうした企業の素を感じさせるメッセージはそれだけで差別化になる。

一方で感じるのは、世の中の求人広告制作者たちの価値。社内のひとが書けばこれだけ魅力的なメッセージが発信される。では、外部のひとがわざわざ書く理由はどこにあるのか。ターゲット選定し、そのインサイトに向けて自社のより良いポイントを整理し、コピーに落とす。そして伝えるという一般的なやり方もいいけど、こうして想いをどう引き出し、どう表現するのか、という在り方の追求ももっとあっていいと思う。それは、たった1日の取材で体現できるものではなく、長い間、企業のひとと付き合、信頼関係があるからこそできるコピーワークもあるんじゃないかな、とふと思ったのでめも。

もともと自分も求人広告ライターをしていたこともあり、「会社のひとに愛される求人広告制作者」がもっと誕生したら嬉しいな、と思って、期待の意も込めてこの記事をあげてみました。

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ほか、VALUの記事を中心にICO関連の記事を読みあさったりした1週間。ほかにもとある経営者の投稿に引っかかるものがありました。内容は「日本人は、ネットワークにお金をかけない」という話。海外のカンファレンスは、参加費5-10万円が当たり前。また開催側の話だと、著名ビジネスパーソンの招聘には、1時間講演400万円かかるという。収支の観点から、著名なカンファレンスが日本はやってこない。世界のキーマンとのネットワークができず、乗り残される日本を危惧する投稿でした。

ということで、今日はここまで。
タイトルが気になった「記事」をまとめるという話ですが、全体を通すと記事5割。facebookの個人の投稿が3割。あとはTogetterや資料データなどのめもが2割という配分で実は記事ばかりをめもしているわけではないので、記事タイトルは今後改めるかもしれません。

ではでは。

変化のプロセスを知ること、理解すること

本日は、チェンジマネジメントの話です。働き方改革を筆頭に、組織や個人には常に「変わる」というプレッシャーが掛けられています。しかし、新しいことへは不安が伴います。では、その不安をフォローしながら、変化を前進させるためのマネジメントとはどのようなものなのか。今日は、自分の学びめもを記載します。

変化への不安 : 何かを失う怖さ
変化をするとは、何かを失うことへの怖さが元になる。例えば、現在の組織が大きく変化するときであれば、存在意義や自己価値の喪失、関係の喪失、安心のコントロールの喪失など。

怖さがあれば、ひとは抵抗します。これが変化への障害になります。

変化の失敗パターンは、こう。

まずは、変化への認識ができず、混乱。混乱が不安を呼び、元のやり方に戻る。結果、変化は失敗に。

では、成功パターンは、どうか。
変化を認識し、その目的をしっかりと理解し、一人ひとりが適応し、組織に浸透する。

その際の4つのポイントは以下のとおり:
1.TOPのサポート …新しいものほど、社長や組織のリーダーが率先することが大事
2.社員を知る  …変化において、何を求めているのか把握なしでは進まない
3.教育 …仕事のやり方、好みが違う。TPOに合わせてやり方を教育
4.コミュニケーション …一気通貫。1〜3を軸に徹底する

そして、ポイントは「メ・ド・コ」。それぞれの頭文字です。
1.メ …プロジェクトを「目に見える」カタチにすること
2.ド …「同盟を組む」。やるぞ!という気合いだけ、組織任せはダメ
3.コ …社員とのコミュニケーションを直接とる

あとは、ひとは7回聞かないと、認知しない。それだけ理解してもらうのは難儀という理解をすること。だから、目に触れる機会をつくることが大事。そして、何より「変わる先は、楽しいことなんだよ」と声を挙げ続けることが大事。

===

今日はお話を聞いたところのあくまで自分めもです。

しかし、改めて思うのは、リーダーが率先して変化を受け入れ、行動し、見せること。そしてその変化をリードする人が積極的に現場と「直接」コミュニケーションをとることはどこのお話を聞いても共通していること。

過去の取材からもいろいろと変化のポイントの共通項が見えるので、今度、時間があるときに深掘りしたいと思います。

今日は、本当にめものまとめです。

変えるということは、変えないことを見定めること

昨日、Facebookのタイムラインにこの記事のシェアが流れてきました。


話は、円柱と角柱を12時間描きつづけて気づいたこと。学びの多い記事なので、この記事をご覧になっている方にはぜひ、一読を薦めたいと思っています。

さて、ここからが本題。

私もこの記事を拝読して、ひっかかったことが多々ありました。その中のひとつがここ。

「形は一カ所だけ直しても意味がないんです。何かがおかしいなと思うときは、たいてい全体がどこか違っています。違っている場所をすべて、少しづつ修正する。それが基本です」


デッサンを続けて、すでに完成と思っているひとたちに対して、デッサンの先生が立てた問いです。1カ所違うときは、たいてい全体が違う。そして修正をし続けて10時間たっても、先生はいう。

「早すぎる」

早すぎるとは、手をつけることが早いということ。結果、じっくりと対象物を見つづけ、徹底的に向き合うことが重要だと気づかされた、といいます。

あれ?
これって何か仕事やプロジェクトでも同じことがいえそうだな。
そして、ふとこんな話がリンクしました。

それが「時差BIZ」です。時差BIZって何?という方に先にお伝えすると通勤時間をずらして、朝ラッシュを軽減。生産性を向上させよう!という働き方改革の施策として東京都が推進している大規模プロモーションです。都内近辺に勤務されている方はご覧になったかと思いますが、ちょっと?なプロモーションが都内の駅構内などで大規模に展開されています。

 

 

「生産性の向上」という点はこのテーマひとつで記事が何本も書けるものになるので端折りますが、個人の働き方をより良いものにするために、時差BIZを始めよう、という点にはどうしても違和感を感じてしまいます。それは前段のとおり、通勤ラッシュの回避は部分最適であって、全体をどう捉えるのか、という視点が欠けているからです。

デッサンの話に戻すと、デッサンで難しいのは個々で違和感を感じたことを直し続けても、よりよいものにならないことにあります。全体が歪んでいるとき、

この線はもっと角度をつけた方がいい
この線はもっと長い
陰影はもっと濃い
あれ?2mmずれている

こんな調子で直し続けることになります。でも、これを続けても調和のとれた絵にならないんです。では、何が重要になるのか。

ひとつは、よーく対象を観察することです。

個別の違和感を捉えるのではなく、まずは全体をしっかりと捉えるんです。デッサン経験のある方ならご存知だと思いますがデッサンの上手なひとは、いきなり決められた外観の線をバシッと書いたりしません。陰影を落としていき、徐々に徐々に陰影が深くなり、画面に浮き出ていくような書き方をします。それは全体をよく観察し、少しずつ少しずつ修正しながら、書き足していく感覚に近いです。

そして、ここが大事。
二つ目は、直さないところを決めることです。

まずは絶対に直さないという軸を決め、その視点から歪みや違和感を修正していきます。この軸がないと、個別の歪みを最適化しようとして、永遠に歪みが歪みを生むドツボにはまります。違和感を感じ、変えたいのであれば、まずは「変えないことを見定める」ことが最初のスタートになるんです。

ふと思い返すと、仕事でもいっしょのことが言えるのではないでしょうか。
先般、話題になっている働き方改革の文脈もいっしょです。

まずは、朝の通勤ラッシュを避けて、快適な朝を。そして、生産性をアップしよう、というお題は素敵なんですけど、「満員電車がストレスで、生産性を損なう行為」という点だけにフォーカスしていては、改善はありません。むしろ別の歪みが発生してしまうのではないでしょうか。

それよりも大事なことは、まず組織として、会社として、どういう働き方をしたいのか、という軸をつくること。そして、絶対に変えないことを軸にしながら、どこに歪みがあるのか、を少しずつ少しずつ改善していくこと。

改めて、デッサンの先生の問いを考えます。

「早すぎる」

働き方改革も同様です。

「早すぎる」

すぐに流行に乗って手をつけるのではなく、会社や組織の在り方に対してじっくり向き合うこと。考えること。気づくこと。答えを強制されるのではなく、自ら気づいて行動することに価値を置くべきではないか。

なんてことをふと思ったのでした。

最後に先日、書いたこの記事も実は同じ文脈だったりします。

chibiblog.hatenablog.com

雑談が組織のコアバリューを育むのであれば、変えてはいけないのです。

変えたいのであれば、まずは変えないことを決めること。
そこがスタートラインではないでしょうか。

「それってどういうことですか?」と言えるひとは素晴らしい

社会人になり、知らない、分からないことをそのままにしてしまうことがないだろうか。年齢を重ねると、若手の前で「まだ理解ができないので、もう少し説明してほしい」と尋ねることが何となくはばかられることがある。正直に白状すると、わたしもたまに「知ったかぶり」をして理解不足の点を流してしまうことがある。しかし、学びが深いひとは、いつでもわからないことは質問する。

「あれ? それってどういうことですか?」

状況は関係ない。経営会議でも、編集会議でも、どんな場でも同様に質問する。しかし、この質問できることで場のクオリティは天地ほどに差が出る。理由はいくつかある。

ひとつ目は、最初に「それってどういうことですか?」と聞けると、解を同様にみんなに共有できるため、コトの理解を深めることができる。バックグラウンドが異なる人材が集まった際にはそもそものプロトコルがそろっていないケースもあり、こうした問いを立てられるひとは貴重になる。だからこそ、「それってどういうことですか?」と言えるひとは素晴らしい。

ふたつ目は、ハードルを下げることができる。ボードメンバーが周知の事実だったとしても、自分が知らないことは聞けばいい、と質問への心理的ハードルを下げることができる。活発な議論を行う上で、こうして場を整えることは大切になる。だからこそ、「それってどういうことですか?」と言えるひとは素晴らしい。

三つ目は、「それってどういうことですか?」との解次第で、「それは、こんなこともいえそうですね」と、関係性を問いやすくなる。話を拡散させ、話題を広げることもできるかもしれない。発想が膨らむ環境を有む上でも「それってどういうことですか?」と言えるひとは素晴らしい。

そして結果、「それってどういうことですか?」と問いを立てられるひとは、巡り巡って多数の気づきをまわりに与えてくれる。自分の知識や経験とは異なるものがシェアされることになる。

だからこそ、いえる。
「それってどういうことですか?」と言えるひとは素晴らしい。

キャリアアップを意識するひとほど、キャリアアップできないという話

ちょっと誇張していますが、キャリアアップ志向が強い人ほど、実はキャリアアップができないのではないか、という話です。特に若手の方にこの傾向が強いように思います。意識が高い20代の若手と会話していてその根底にあるのは、変化の激しいサバイバル時代での「生存確率」をあげたい、というもの。それがなんとなく自分のスキルアップだったり、キャリアアップすることだったり。

しかし仕事柄、一流のビジネスパーソンとお話をさせていただく機会が多い中で感じていることは、自身のキャリアアップを考え、いまの立場になっている方は稀だな、ということです。なぜ、そうなるのか。以前、ある著名な投資家からいただいたこんな言葉にヒントがあるように思います。

「コトにあたれ」

若手にありがちな「キャリアアップ、スキルアップがしたい」という相談。その投資家の方は若手にいつも「自分のことよりもまずはプロダクトを一流にすることを考えろ」というそうです。

ビジネスをやる以上、サービス価値の最大化が至上命題。目の前のプロダクトやサービスを一流に育てた経験やスキルがあれば、次の機会がやってくる。その機会の積み上げによって、キャリアアップやスキルアップは勝手についてくる。間違ってはいけないのは、「自分>プロダクト」ではない。「プロダクト>自分」の順番を間違えてはいけない。間違えると、まったく異なる人材になってしまう、と。

一流の方ほど、まずは目の前のコトにあたる。視野が広がると、未来のコトにあたる。その機会によって、仲間をつくり、信頼関係をつくり、新たなコトを引き寄せる。そんな循環がある気がします。

「コト>自分」なんですよね。

こうまとめてみると、キャリアアップ志向が表に出ている方というのは利己主義にみえて、どうしても「いっしょに仕事をしてみたい」と思えないし、逆に機会を遠ざけることになるのかもしれません。

ということで、最近の若手の話からふと「キャリアアップ」について考えてみました。しかし大層なことを書きつつ、自分が手がけるサービスやプロダクトが一流か、というとそうではないです、、、、自分ももっと目の前のコトに没入しなければ。

ではでは。